暮らし

【 暮らし 】 記事一覧

スポンサーサイト

スポンサー広告

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

▲PageTop

ベンチものがたり

暮らし


画像はウクライナのカメラマンが、数年にわたって毎日、ひとつのベンチを撮り続けたものです。






























































▲PageTop

地震学者は地震の予測は不可能だという。では予言は可能か。

暮らし

イタリアの裁判所では、2009年アクヴィルで発生した地震を予測できなかったとして
地震学者らがそれぞれ禁固6年の判決を受けた。

イタリアだけではなく、多くの国々の地震学者らが、この同僚たちを弁護した。
というのも、現代科学が地震を正確に予測することはできないため、このような刑罰は間違っていると考えているからだ。しかしそれは、地震を予言することも不可能であることを意味するのだろうか。

世界の地震学者の多くは、政府が十分な措置をとれるような正確性のある地震予測は不可能であると考えている。
はたして、そうなのであろうか。

フクシマの大震災の悲劇の後、ロシアの各メディアでは、
「2011年春に日本で大きな地震が起きることについては警告されていた」とする記事を伝えた。

1997年、ロシア科学アカデミー極東支部太平洋海洋学研究所地学テクトニクス物理研究所のワレリー・アブラモフ所長は、自らの論文のなかで、「日本の関東地方は2011年、国際基準で10以上の地震の危険がある」と書いていたのだ。この発言は、地球の各地域で発生する地震に周期性があり、たまったエネルギーを放出する時期にさしかかった地域の分析に基づいたものだった。

アブラモフ氏は自らの論文をすぐに日本に送り、2006年には日本の同僚たちの求めに応じて詳細な情報を送っていた。しかし、日本では結論には至らなかったようだ。

アブラモフ氏は2011年3月、次のように述べている:「日本人たちは地震を恐れていたものの、津波警戒システムが磐石の用意にあると考えていた。しかし、日本周辺の地震によって、そのような強い津波が起こるとは予期していなかった。」と。

2011年2月21日、つまり、地震の3週間前、ドイツで働いている音声オペレーターのロシア人、アルチョム・ドラグノフさんは、領土問題をめぐる露日関係の先鋭化を受けてブログのなかで次のように書いていた:「日本について。彼らと戦争は起こらない。地震が近く日本を襲うだろう。爆弾さえ必要ないのだ。」と。
そしてフクシマの後、彼はこれがまだ序章に過ぎないとして、「子供を日本から非難させろ!考える前にまず避難だ。南でも、中国でも、台湾でも、朝鮮でもどこでもいい。とにかく避難させろ・・・」と書いていた。ドラグノフさんはこれが自らの夢占いによるという。

夢でもって将来を予想することを身につけたのは、2000年のバイク事故で重傷を負ってからのことだという。また2009年、ドラグノフさんはロシアの町ペルミで発生する災害を予言していた。3週間後、ペルミではディスコで火事が発生し、100名以上が死亡した。

ロシア科学アカデミー地球物理学研究所の主任研究員で、物理数学博士のアレクセイ・リュブシキン氏は、2008年すでに2010年末から2011年初めにかけて日本で強い地震が起こるとしていたが、これは地球の各部分で発生している微細な揺れを総合分析したことによるものだ。

リュブシキン博士は、フクシマでの地震の前触れとなったのは、2003年北海道で発生した地震であるという。2010年、日本に巨大地震が迫っていることについて、博士は4度にわたって、国際シンポジウムやロシア国内の学会などで警告していた。

イスラエルハイファにある地震予測民間研究所で働く、アレクサンドル・ヤゴジン氏は、日本での地震の正確な場所や時間、強さについての正確な情報は持っていなかったものの、地震の数週間前に、スエズ運河およびロシア欧州部で共鳴振動を観測したという。これによって、反対側の日本で大きな地震が起こることが予測できたという。

ヤゴジン氏の予測方法は、彼によって発見されたKaY波の前線移動による。前線に対して垂直に、将来の地震の震源を指し示すベクトルが伸びているという。KaY波の速さはおよそ時速100キロで、それにより将来の地震の時間を予測するのは簡単だという。ヤゴジン・メソッドは世界の多くの学者から否定されている(本人談)が、現在ロシアでは注目されているという。

フクシマの2日前、ロシア国立気象大学(サンクトペテルブルグ)の地震研究室は自らのサイト上で、地震予測を掲載した。ヴィクトル・ボコフ室長は「ラジオ・スヴァボーダ」とのインタビューの中で、この予測はロシア人学者のアレクサンドル・シィチンスキーによる方法を使ったものであり、これは大気の状態と地震との関係を分析することによって、2日前に地震を予測することができると語っている。

フクシマに関して、震源に関する予測は当たっていたものの、その揺れの強さが実際の8.8ではなく、5と予想されていた。ボコフ室長は、地震学者らは予測に際してパニックを下げるために強さを低めに決定すると指摘しており、またイタリアで地震を予測したために訴えられた研究者のような運命を繰り返さないためだと語っている。

他の専門家らは、多くの観測所では壁に行動規則が掲げられており、パニックを避けるために、強い揺れについては予測に掲載しないよう指示されていると語っている。
しかしそのような行動は、イタリアでは刑務所行きになるのかもしれない。

▲PageTop

自分の生きてきた証

暮らし

世の中、第三次大戦が勃発か!などの
キナ臭い様相を呈しております。

個人的には、戦争で死ぬのも、それもまた宿命かなと
あきらめの境地でおります。

私と同じ気持ちだとは思えませんが、
最近、世界で「あの頃の自分に戻るというテーマ」で、
現在と過去の写真で構成したアートが流行っているようです。

個人的には、昔の楽しかっ頃を思い出しながら
自分の生きてきた足跡を残すという行為なのでは、と勝手に思っております。

まあ、私の孫(小学生3年生)までもが、
昔はよかったなぞと、ほざいておりますが・・・。

気分転換のための書き込みでした。

a

b

3

7

6

4




▲PageTop

日本の有罪判決率はなぜ高いのだろうか

暮らし

冤罪事件の本を読んで、日本の有罪判決率が99.8%を越えていることを知ったときは、いくら警察が優秀とはいえ、ちょっと高すぎるなと思った。調べてみると不起訴処分が多いとわかって納得したが、その時デイビッド・T・ジョンソンの「アメリカ人のみた日本の検察制度」を読んだのでその感想を中心に書いてみたい。

■検察官の判断、その実態

19年度の犯罪白書が法務省から発表されているが、その中の「第2編 犯罪者の処遇」で起訴・不起訴及び罪名別処理数が公表されている。18年の公判請求(起訴数)は約13万8千、不起訴は約9万2千である。過去10年をみても、不起訴を1とすると起訴は2から3ぐらいの比率である。(親告罪の告訴欠如などを除けば)不起訴はズバリ無罪であり、検察官の判断により十分ふるいにかけられているのがわかる。警察の書類送検を受け付けても、検察は起訴しなかったということだ。日本の有罪率は異常だから、検事かデタラメで有罪にしているなどという話は馬鹿の寝言である。不起訴という無罪裁定を検事が多発しているのだから、起訴した場合の有罪率が高まるのは当たり前のことなのだ。

全体を見みると、起訴自体が少なく6.6%にすぎない。18年の内訳は以下の通り。
18年 検察庁終局処理人員
総数       207万6千
公判請求     13万8千 ( 6.6%)
略式命令請求   66万   (31.8%)
起訴猶予     99万1千 (47.7%)
その他の不起訴  9万2千  ( 4.5%)
家庭裁判所送致  19万4千  ( 9.4%)
※千人未満は切り捨てて表示した。

略式命令請求はいわゆる略式起訴で罰金を支払って終わる。起訴猶予は、「犯罪の嫌疑が認められる場合でも,犯人の性格,年齢及び境遇,犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときに行う」もの。検察としては有罪と判断しているといっていいが、不起訴処分の一つになる。というより起訴は公判請求と略式請求に、不起訴は起訴猶予とその他に分類されると言った方がいい。家裁送致を除くと、全体の57.6%が不起訴処分になっている。

総数の約8割を占める略式命令請求と起訴猶予の内容は何か。大半が交通違反や交通事故のようである。
略式命令請求 66万    その内 交通関係業過7万7千 道交違反52万
起訴猶予   99万1千  その内 交通関係業過72万9千 道交違反14万9千

当然全体を通しても、罪名で区分けすると交通関係業過と道交違反が多い。その次に多い罪名が窃盗で、18万9千ある。随分と多く、以外だった。日割りにすると1日500件を越える。


■日米、無罪判決率の違い

平成18年地方・家庭裁判所の終局処理人員は74,181人で、内無罪は92人。無罪率0.13%だった。映画のワンシーンでも使われていたが、起訴されてこの数字を聞かされたらやはりショックだろう。

アメリカの場合、無罪判決率27%というデータがある(1980年代の26の地方裁判管轄における陪審員裁判の平均)。日本の平均値0.15%に比べると200倍近くなる。やっぱり日本の検察はおかしいのだというのは早計で、当然理由がある。
アメリカでは、被告人が有罪の答弁を行い、公判を経ずに判決を受けることができる(アレインメント制度)。つまり米国の数値は、被告人が犯行を認めた事件は含まれてなく、分母が無罪を主張する裁判の数になっている。日本も、分母を無罪の申し立てをしている件数にすると、無罪率は3.38%になる。

しかしこれでも8倍近い差がある。その理由を本書で幾つか指摘している。
①米国は陪審制度である
裁判官・検察官などの法律専門家より素人の陪審員の方が、被告人が無罪になる可能性が高まる。この事は日米両国で実験され、研究者により発表されている。
裁判官より陪審員の方が無罪を出しやすいと言えるが、検察官と陪審員との判断がズレ易いと言ったほうが適切かもしれない(または検察官と裁判官の判断が一致しやすい)。日本でも裁判員制度が近づき、注目されるところである。

②日本は起訴前に十分な時間を与えられている
起訴の決定に先立って最長23日間という拘留期間があり、慎重を期しやすい。米国は平均して2日未満である。

③保守的な起訴方針(及び官僚的な管理体制)
有罪判決が下りない案件は起訴しない。起訴すべきか慎重に見極める。この方針が管理体制の中で浸透している。

陪審制度の影響も大きいが、
③が最大だろう。検察の過失による無罪判決は検察の権威を傷つける。また世間も、厳しい刑罰を検察に期待するより無罪に敏感で、「杜撰な捜査」「暴力的捜査」と非難する傾向がある。マスコミが大きく取り上げた志布志市事件がいい例である。つまり検察も社会も無罪判決に神経を尖らせている。戦後を10年単位で分けると無罪率は低下し続けている(60年代0.54、70年代0.48、80年代0.16、90年代0.15%)。

まったくの私の想像だが、米国には「無罪と判明したのだからそれはそれで良し。後は損害賠償を請求する」そういう論理的かつ明快な思考がありそうな気がする。本書には、「主任検察官は選挙で選ばれ、選挙民は犯罪者の処罰を要求する傾向がある」とあり、犯罪者ならキッチリ罰する、無罪は無罪で問題ない、司法も社会の一システムだ、そんな市民感覚を感じる。検察も無罪判決を屈辱的と捉えないのではないか。比べて日本は、検察すなわちお上、お上の威信をかけて執り行うというメンツを感じる。

検察が事件の翌日には最初の起訴を決め、素人である陪審員が判決を出し、三割近くが無罪になる米国と比べれば、日本の司法は精密機械のようである。そう考えると、システムに荒さがある米国は弁護人が腕を振るう場面が多くなっても不思議はない。

他国の無罪判決率も書いておこう。韓国が0.44%(1984年から1992年)、タイが0.8%(1992年)、イギリスとスリランカはほぼアメリカと同じである。韓国も1%を切っているが、日本の0.15%はやはり低い。

■有罪判決だと検事は昇進するのか?

有罪だと昇進するという話をネットで読んだが、昇進についても本書は触れている。
検察官の異動は2年に一度あるが、当然、望ましい職場及び仕事の割り当てを誰もが得ようと思う。こういう人事に関係するのは、(有罪判決ではなく)無罪判決だと著者は推論している。日本の検察は減点主義であり、「昇進するために一番良い方法は、自分が担当する仕事で素晴らしい業績を上げることではなく、自分自身や検察全体の名を汚すような間違いを犯さないように万全の注意を払うことである」(p303)と書いている。

過失による無罪判決は内部から強い批判を浴びるらしい。無罪判決が出ると担当検察官は詳細な報告書を出さねばならず、エリート検察官が主宰する控訴審議にも出席しなければならず、無罪判決の余波は大きいと書かれている。

過失による無罪と「争わなければならない」「仕方の無い」無罪はもちろん違う。また判決が昇進に影響することは無い、と検察サイドは当然否定する。だから簡単に断定できることではないが、有罪になると昇進するというのはお門違いだろう。最初に書いたように起訴猶予処分は多数ある。有罪で昇進できるなら猶予せずにどんどん起訴するはずだ。それに考えてもみれば99.85%、ほとんどが有罪なのだから、日常的にそれが評価になるというのもおかしい。

■無罪判決を出すと裁判官は昇進できないのか?

この類も何度かネットで読んだが、本書に具体的な例があるので長いが引用しておく。
「それは1976年と1979年に公にされた地裁の刑事事件判決455件の判決理由をすべて検証したものである(Ramseyer and Rasmusen.2001)。この研究では321人の裁判官が標本として抽出された。その上でその後彼らがたどった昇進軌道を分析し、無罪判決を下した裁判官が果たして冷遇され、望ましくない仕事に就かされるようなことがあったかどうか検証した。

一般的にいって、無罪判決を出した裁判官が、そのために冷遇されたということはそれほどなかったが、一人で無罪判決を出した(裁判官が単独の場合)裁判官は不遇なポストにおかれる期間が、少し長いようであった。(中略)注目されるのは、検察官が間違った者を起訴したという判断を裁判官が下しても冷遇されていない。もし裁判官が検察よりの判断をしても、それによって裁判官が報われるということはない」(p292-293)

おかしな無罪判決でなければ、関係無いということだ。要するに植草氏に有罪判決が出たから、面白くない判決が出たから、検察や裁判官は出世欲で有罪に持ち込むなどというデマをネットに書いた、というのが真相だろう。起訴する検察官は必ず勝ちたいと思うだろうが、有罪判決が出ると検察官や裁判官が出世するわけではない。

■世論と検察

統計的にみれば、世論が検察の起訴に与える影響は無いに等しい。しかし有名事件となるとやはり違う。以下、具体的な箇所を引用する。

「大きな例外は、企業の幹部や官僚が絡む不祥事で、本来なら不起訴とすべき事件を世論の圧力で起訴せざるを得ないこともある。このような事件は日本では「むしろまれ」である(C.Johnson.1995.222)。さらに、1948年から1992年まで間で、国会議員に関る汚職事件全体のうち、検察官が勝訴したのはわずかに55%に過ぎない(有罪21件、無罪17件)。この比率は他のいかなる被告人分類の場合よりも低い。それは「巨悪」を追及しろという世間の要求には、たとえ証拠が不十分な場合でも、検察官が対応することを示しているように思われる」(p299)

これには納得した。このデータから二つの事が言えると私は思う。一つは検察が独立性を保っている事である。日本の最高権力者といえる国会議員を、与野党問わずに逮捕してきたのだから、そこには「特定の人物の影響」や「国策」などありえない。そして政治家逮捕に検察のメリットは特に無い。有罪が確実に得られるなら狙い撃ち・点数稼ぎということもあるが、現実には敗訴が多いからだ。負ければ非難を受ける。

二つ目は検察が世論を十分意識していることだ。勝訴の可能性が低くても、社会問題にはメスを入れ、事件関係者を追い詰めながら真相に迫るということだろう。そして、そこに行き過ぎが起こる。たとえば、耐震偽装問題で別件逮捕された藤田東吾氏がいい例だ。会社の資本金を不正に多く見せかけたとして有罪判決を受けたが、耐震偽装との関連性を裁判官は明確に否定した。

独立性は保っているが暴走する可能性はある。だから有名事件における起訴が正当なのか、検証する必要はあるが、国策などという定まった方針が無いのは明白である。おもしろいのは、国策を主張する人に限って有罪判決を受けていることである。裁判官は絶対ではないが、複数の専門家による判断が有罪なのだから検察の起訴自体を責めることはできない。疑われるべくして、疑われたということだ。

■問題点

著者は「検察官の虐待」を精密な日本司法の唯一粗雑な点として挙げている。虐待とは過酷な取調べのことである。察官による、取調べ中に起きた暴行事件を3件挙げたり、オランダ、ドイツ、フランスと比較しながら、過酷な取調べが担当者個人の問題ではなく、日本の流儀である事を説明している。日本の取調べの酷さは有名なようで、国連人権委員会から再三の勧告を受けていることなども取り上げられている。


以下感想をまとめたい。

著者は日本を「検察官の楽園」と評している。楽園とは楽な仕事という意味ではなく、邪魔なものがなく、仕事がやりやすいという意味である。起訴・不起訴を自在に決められる裁量権、十分な時間(起訴決定に23日かけられる)、密室での長時間の取調べ、取調べを受ける被疑者の大多数に弁護人がついていないこと、政治と無関係なこと(米国では選挙で検察官が選ばれるケースがある)、比較すれば仕事量が少ないことなど、失点を嫌う官僚主義が十分発揮できる環境が整えられている。これらの特権が正しく使われているのか、市民は監視しなければならない。日本の有罪判決率は確かに高い。しかし日本人の私から見ると、逮捕の翌日に最初の起訴決定をするアメリカもかなり粗雑だと思ってしまう。

日本の特徴として「自白の重視、自白依存」を著者は挙げている。外国のようなおとり捜査、電話傍聴、司法取引が認められないため、証拠を集めにくいという背景が日本にはあると思う。検察が被害者や被疑者の調書を何回も取ることが理解できる。

また自白を取ることで事件の真相を解明するという考えが基本的にあるようだ。自白させ、さらに反省させるという発想も根強い。日本の起訴猶予が多い理由の一つで、反省の内容・その他の事情により起訴せずに終える。処分結果にかかわらず、精密な自白が精密な司法を作り上げていくようである。

自白した供述の多くを裁判官は証拠として採用する。ドラマの題材になるように、自白がうまくいくと、「落しの○○」という名刑事が誕生し、逆に過ぎると被疑者の人権問題につながり、たびたび社会問題になる。これが直面している問題点であり、多くの人が非難するところである。

裁判を観察していると、検察官は悪人を追及する正義の如く見える。だが本書を読んで、嫌疑があっても不起訴にしたり、事件を「犯罪」に変換したり、判定人または事件解明者というべき側面を持っていると感じた。

検察の実態をちょっと調べるつもりで読んだのだが、興味のある方もいらっしゃるかなと思い、記事にまとめてみた。異論反論あると思うが、この本の著者はハワイ大学の準教授で、日本にも三年滞在、執筆にあたって検察官235人にアンケートをするなど、本書が専門家による客観的考察となっているのは間違いない。個人的には、ここに紹介した事柄のみでなく様々な角度から検察庁の実態に迫った、素晴らしい分析書だと思う。

※文中の数値は、平成18年の数値については犯罪白書、その他は全て「アメリカ人のみた日本の検察制度」から引用した。

▲PageTop

ついに遺伝子組み換え赤ちゃんが生まれてしまいました!

暮らし

嫌ですねえ。。。今までにも、クローン人間がカバルの秘密基地で秘密裏に製造されていますが、今度は、おおっぴらに。。。遺伝子組み換え赤ちゃんが創られてしまいました。

可哀想な赤ちゃんですね、獣科学者の犠牲者です。世界でクローン人間の製造が秘密裏に行われていることは何とも嘆かわしいことですが、アメリカではとんでもないことが公然と行われるようになりました。これはクローン人間化を公然と認めさせようとする策略なのでしょうか?

ところで、ある情報によると、アメリカはアトランティスを象徴する国であると言われています。なるほど、アトランティスでは、盛んに人間と宇宙人のハイブリッド、ロボットやクローン人間、遺伝子組み変え人間、人間と動物のハイブリッドなどが創られていたようです。

アトランティスを支配したであろう悪の宇宙生命体とアトランティス人の無限の欲により行き過ぎた科学技術を使って、あらゆる人種を創ってしまったようです。

その後、科学者の欲は尽きずに核の悪用かクリスタルの悪用により、アトランティスが滅びたとも言われています。こんなことを再び繰り返すのでしょうか。アメリカがアトランティス滅亡の二の前にならないように願いたいです。

本当に宇宙の創造神と人の魂を冒涜した行為だと思います。



■World's first GM babies born
(要約)
世界で初めて遺伝子組み換え人間が創造されたとの発表が昨夜行われました。
アメリカで数多くの実験を重ねた結果、30人の健康的な遺伝子組み換え赤ちゃんが生まれたことに対し、倫理上の激しい議論が巻き起こりました。30人の赤ちゃんのうち、2人を検査したところ、3人の親の遺伝子が含まれていたことが分りました。

また、ニュージャージー州セントバーナバスにあるInstitute for Reproductive Medicine and Science (再生医療・科学インスティチュート)での実験プログラムにより、過去3年間に15人の赤ちゃんが誕生しています。これらの赤ちゃんは、不妊症に悩む女性から生まれてきました。他の女性ドナーの遺伝子を受胎する前に卵子に注入することで妊娠することができました。

2歳の幼児の遺伝子パターンを検査したところ、2人の女性と1人の男性のDNAが受け継がれていました。これらの子供たちには、余分な遺伝子が受け継がれ、それが子供たちの生殖細胞系列に組み込まれたということは、将来、子供たちが親になったときに、彼等の子供たちにそれらが受け継がれるということになります。

人間の生殖細胞系列を変えてしまうということは、我々人間の種をいじくりまわして創り変えてしまうことであり、世界の圧倒的多数の科学者達が避けてきた技術です。遺伝子学者達は、いつかはこの手法を使って、強くて高い知能の新人種が創られるのではないかと恐れています。

Human Reproduction誌にて、ジェイクス・コヘン教授とその研究チームは、「これらの子供たちは、人間の生殖細胞系列を変えて生まれた初めての正常で健康的な子供たちです。」と語っています。この実験を激しく批判する専門家がいます。

西ロンドンにあるハマースミス病院のウィンストン卿は、昨日のBBCの番組で、「不妊治療に関して、この技術を取り入れる価値があるという証拠はなにもありません。この段階で、この技術を導入したということに非常に驚いています。このようなことをイギリスで行うことは許されないでしょう。」と述べました。

胎児保護団体のジョン・スミートン氏は、「不妊問題に苦しむカップルに多くの同情を寄せる人がいたとしても、このような体外受精のやり方では、妊娠するためだけの目的として赤ちゃんが生産ラインで製造する物として扱かわれてしまうようになると思う。」と語っています。

また、このことは、人間が間違った道を進む前触れではないかと心配しています。

コヘン教授と彼の研究チームの調査結果では、不妊女性は、卵子の細胞のほんの一部(ミトコンドリア)が正常でないために不妊となってしまっているとのことです。研究チームは、他の女性ドナーから卵子を取り出し、細い注射針で卵子内部に存在する正常なミトコンドリアを吸い上げ、不妊治療を行っている女性の卵子に注入したのですす。

ミトコンドリアには遺伝子が含まれるため、この治療法により生まれた赤ちゃんは、両方の女性のDNAを受け継ぐことになります。このような遺伝子は、母系の生殖細胞系列で受け継がれていきます。

イギリスの介助出産技術を規定するHuman Fertilisation and Embryology Authority(人間の受精と胎生学局)の報道官は「イギリスではこの技術は認可されません。なぜなら、この技術は生殖細胞系列を変えてしまうことになるからです。」と述べました。

コヘン教授は、介助出産技術の境界線を突き破った非常に優秀な科学者ですが、また物議を醸しだす科学者でもあります。彼の研究は、男性の精子からDNAを取り出し、卵子に直接注入する方法で不妊症男性でも子供を作れる技術を開発しました。コヘン教授は、「この技術が開発される前は不妊女性のみが体外受精で妊娠できたのです。

私の専門技術を使えば、クローン人間の子どもを創ることもできます。」と述べています。

このことは主流の科学界では、恐怖の戦慄として考えられています。コヘン博士は、「私の教え子の一人は、ごく簡単にクローン人間を創れます。少なくとも3人の教え子はクローン人間の子供を作りたいと言っていましたが、それは拒否しました。」と述べました。

http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/51836137.html

▲PageTop

小野医師による、フクシマの真実と内部被曝

暮らし

小野医師による、フクシマの真実と内部被曝-2012.1.29 水俣市での講演より

●フクシマの真実と内部被曝-20120129水俣(1)


●動画で見る炉心溶融

独立行政法人・原子力安全基盤機構が事故前に、原子力防災専門官向け資料として作成していた、炉心溶融のシミュレーション画像。

●Hiroshima Nagasaki Atomic bombing 広島 長崎 原爆投下

Atomic bombings of Hiroshima and Nagasaki.
August 6, 1945, at 8:15 AM Hiroshima
August 9, 1945, at 11:02 AM Nagasaki

●【世界の核実験地図】Ctbtomedia 2053ByIsaoHashimotoJapan762

▲PageTop

渡辺謙、ダボス会議全スピーチ

暮らし

スイスで25日に開会した世界経済フォーラム年次総会「ダボス会議」で、俳優の渡辺謙さんがスピーチに立ち、各国から寄せられた東日本大震災の被災地支援への深い感謝と立ち上がる決意を語るとともに、原子力から再生エネルギーへの転換を訴えた。

スピーチは現地時間25日午前(日本時間同日午後)に行われた。渡辺さんは「私たちの決意として、世界に届いてほしいと思います」と話している。

全文は以下通り。

初めまして、俳優をしております渡辺謙と申します。
まず、昨年の大震災の折に、多くのサポート、メッセージをいただいたこと、本当にありがとうございます。皆さんからの力を私たちの勇気に変えて前に進んで行こうと思っています。

私はさまざまな作品の「役」を通して、これまでいろんな時代を生きて来ました。日本の1000年前の貴族、500年前の武将、そして数々の侍たち。さらには近代の軍人や一般の町人たちも。その時代にはその時代の価値観があり、人々の生き方も変化してきました。役を作るために日本の歴史を学ぶことで、さまざまなことを知りました。ただ、時にはインカ帝国の最後の皇帝アタワルパと言う役もありましたが…。

その中で、私がもっとも好きな時代が明治です。19世紀末の日本。そう、映画「ラストサムライ」の時代です。260年という長きにわたって国を閉じ、外国との接触を避けて来た日本が、国を開いたころの話です。そのころの日本は貧しかった。封建主義が人々を支配し、民主主義などというものは皆目存在しませんでした。人々は圧政や貧困に苦しみ生きていた。私は教科書でそう教わりました。

しかし、当時日本を訪れた外国の宣教師たちが書いた文章にはこう書いてあります。人々はすべからく貧しく、汚れた着物を着、家もみすぼらしい。しかし皆笑顔が絶えず、子供は楽しく走り回り、老人は皆に見守られながら暮らしている。世界中でこんなに幸福に満ちあふれた国は見たことがないと。

それから日本にはさまざまなことが起こりました。長い戦争の果てに、荒れ果てた焦土から新しい日本を築く時代に移りました。
私は「戦後はもう終わった」と叫ばれていたころ、1959年に農村で、教師の次男坊として産まれました。まだ蒸気機関車が走り、学校の後は山や川で遊ぶ暮らしでした。冬は雪に閉じ込められ、決して豊かな暮らしではなかった気がします。しかし私が俳優と言う仕事を始めたころから、今までの三十年あまり、社会は激変しました。携帯電話、インターネット、本当に子供のころのSF小説のような暮らしが当たり前のようにできるようになりました。物質的な豊かさは飽和状態になって来ました。文明は僕たちの想像をも超えてしまったのです。そして映画は飛び出すようにもなってしまったのです。

そんな時代に、私たちは大地震を経験したのです。それまで美しく多くの幸を恵んでくれた海は、多くの命を飲み込み、生活のすべてを流し去ってしまいました。電気は途絶え、携帯電話やインターネットもつながらず、人は行き場を失いました。そこに何が残っていたか。何も持たない人間でした。しかし人が人を救い、支え、寄り添う行為がありました。それはどんな世代や職業や地位の違いも必要なかったのです。それは私たちが持っていた「絆」という文化だったのです。

「絆」、漢字では半分の糸と書きます。半分の糸がどこかの誰かとつながっているという意味です。困っている人がいれば助ける。おなかがすいている人がいれば分け合う。人として当たり前の行為です。そこにはそれまでの歴史や国境すら存在しませんでした。多くの外国から支援者がやって来てくれました。絆は世界ともつながっていたのです。人と人が運命的で強く、でもさりげなくつながって行く「絆」は、すべてが流されてしまった荒野に残された光だったのです。

いま日本は、少しずつ震災や津波の傷を癒やし、その「絆」を頼りに前進しようともがいています。
国は栄えて行くべきだ、経済や文明は発展していくべきだ、人は進化して行くべきだ。私たちはそうして前へ前へ進み、上を見上げて来ました。しかし度を超えた成長は無理を呼びます。日本には「足るを知る」という言葉があります。自分に必要な物を知っていると言う意味です。人間が一人生きて行く為の物質はそんなに多くないはずです。こんなに電気に頼らなくても人間は生きて行けるはずです。「原子力」という、人間が最後までコントロールできない物質に頼って生きて行く恐怖を味わった今、再生エネルギーに大きく舵を取らなければ、子供たちに未来を手渡すことはかなわないと感じています。

私たちはもっとシンプルでつつましい、新しい「幸福」というものを創造する力があると信じています。がれきの荒野を見た私たちだからこそ、今までと違う「新しい日本」を作りたいと切に願っているのです。今あるものを捨て、今までやって来たことを変えるのは大きな痛みと勇気が必要です。しかし、今やらなければ未来は見えて来ません。心から笑いながら、支え合いながら生きて行く日本を、皆さまにお見せできるよう努力しようと思っています。そしてこの「絆」を世界の皆さまともつないで行きたいと思っています。



▲PageTop

脱原発世界会議ー開会式 肥田舜太郎氏(広島被爆医師)の講演 1/14(動画&文字起こし)

暮らし

脱原発世界会議ー開会式
肥田舜太郎(広島被爆医師)の講演
2012年1月14日

1945年にわたくしは軍医として広島陸軍病院に勤務し、
原爆の日は、たまたま午前2時に6キロ先の辺坂村に往診して、原爆による即死を免れました。
そのかわり逃げてきた多数の被ばく者の救急医療を行う事になりました。
市内で即死を免れた者も、火傷や怪我に加えて、
まぶた、鼻、口、肛門,陰部からも出血し、頭の毛が全部抜け落ちるという急性放射能症で死んでいきました。

当日広島におらず、原爆には合わなかったけれども、
爆発後数日以内に市内に入り、救援活動や肉親捜しをしたものが、
俗に言われたぶらぶら病というものを発症し、
数十年間、「あなたには病気はない」とか、「ノイローゼだ」とか、ひどい場合には「仮病」と言われて悩みぬきました。

1975年に、ニューヨークで私は
放射線被害の研究で有名なピッツバーグ大学のアーネスト・スタングラス教授に会い、
入市被ばくのぶらぶら病は、体内に入った放射線に体の内部から被ばくして起こる症状で、
有機的にはまだ不明な症候群であると教えられ、目から鱗が落ちた思いがしました。

1945年の9月1日
連合軍総司令官ダグラス・マッカーサーは厚木空港に降り立つと同時に、日本国民に占領方針を発表し、
その中で「原爆被害は米軍の軍事機密である」と宣言。
被ばく者には「被害の事実に際して一切しゃべってはならん」
医師、学者には「被害の調査研究を行ってはならぬ」
「違反者は重罪に処す」という、宣言を発表しました。

原爆の放射線被害が、世界の人にも日本国民にも伝えられてこなかった原因は、
アメリカが放射線被害を隠蔽し続けた事にあります。

また、1949年にアメリカが放射線被害の調査のため、広島と長崎に設立した医療機関ABCCは、
「内部被ばくは放射線が微量で、人体にはまったく無害である」と宣伝し、
入市被ばく者は診療をせず、その場から追い返しました。

日本政府は1957年と1968年の2回に渡り、いわゆる原爆日本と言われた援護の法律を作り
国による被ばく者の援護を遅まきながら始めました
しかし、国は二つの法律が最高の補償を定めた認定被爆者から、内部被ばく者を除外するなど、
法律制定から35年間、内部被ばく者を差別し続けてきました。

内部被ばくの被害を否定するのは、核兵器保有国であります。
日本政府のそれは、アメリカの前線基地の任務を負わされた従属国の義務としか思えません。
国を建てる上でその基本にかかわる重大問題であると私は思っています。

2011年3月11日福島第一原発に事故発生の報告を聞いた時、
私は正直、大変なことが起こるなと直感しました。

福島原発は広島原爆のウラニウムと長崎原爆のプルトニウムを混ぜたプルサーマルを使用しています。
事故からの放射線被害を受ける人たちが、広島と長崎で被爆者に生じたのと同じ症状が起こってくるに違いないと、医師である私は推定しています。

2011年4月5日
「福島県の若い母親から5歳の男の子の下痢がとまらない」との相談の電話がありました。
必要な事を聞いて一番近い白河市の総合病院に行かせ、2週間の検査を受け「なんでもない」と帰されたそうです。

その後電話相談は数を増し、子どもの症状も、口内炎、鼻血、皮膚のあざなどだんだん増加して、
地域も福島県から関東甲信越の各県にひろがり、
講演に招かれた名古屋、京都、大阪でも会場からの発言で、
子どもの下痢や鼻血で不安を募らせている母親の情報が伝えられました。
12月に行った佐賀と福岡でも同じ話が聞かれています。

結局、福島原発からの放射線は3月15日の大量放出から、約300日間ずーっと続いていて、
すでに日本列島の隅々まで、広範囲に飛散していると推定されます。

微量でも危険な放射線の内部被ばくのことを思うと、
原発を廃炉にして放射線を完全に止めないかぎり、ホットスポットがどこに現れても不思議ではない。
疎開や放射線の無い、汚染の無い食材の入手は、もはや無意味になっていると思われます。
厳密に言えば、安全な場所は、日本にはもうないのです。

「どうしたらよいか」わたくしは相談を受けます。

身を守るには遠くへ移住せよ。
汚染の無い水と食材を食べろ。
この二つが指導されてきました。

それが出来ない人はどうしたらいいのか。
その答えは専門家と呼ばれた人は誰もしゃべっていません。

私は被ばく者のための医師として、
被ばくの後遺症にならずに長生きする生き方を、30年間考え、指導してきました。

その経験から、一つの結論に行きついたように思っております。
それは、自分が自分の命の主人公になって、親からもらった免疫の力を守り、
ひたすら健康に生きるよう、必死に努力する事しかないと思っております。

人類は地球上に生まれ出た時、明かりもなければ火も持っていませんでした。
太陽とともに起き、太陽が沈むとともに寝る。
そういう生活を何千万年も続け、自然放射線や紫外線から命を守る免疫を作ってきました。

その基本の早寝早起きの健康の大原則を愚直に守る事が、
親から引き継いだ免疫力を維持して病気を防ぐ唯一の道であるとわたくしは確信しています。

あとは、食事、排せつ、睡眠、労働、遊び、休養、セックスの6つの行為を節度を守って行う事です。

行為には決まりがあります。
その決まりはどこの国でも年寄りが伝えてきました。
例えば日本では、おばあさんが「ご飯は30回噛め」と伝えています。
調べてみると、立派な根拠があります。

お米の栄養はでんぷんで、胃液では消化できません。
唾の中にある酵素ジャスターゼだけがでんぷんを分解して、小腸から吸収できるように変化させます。

「30回噛め」というのは、噛みつぶすのではなく、
30回舌を動かして、唾液をたくさん出し、必要なジァスターゼの量を供給するためであります。

年寄りの言葉と思ってバカにしないで、守らなければならない恒例の一つであります。

わたくしの話しの結論。
人間は、放射線を安全に操作することはできません。
ですから、原発も核兵器もなくして、「安全な地球に住む」という事しかないわけです。

ご一緒に頑張り抜いて、我々のひ孫に、綺麗な日本を残しましょう。

おわります。

▲PageTop

TPPと一緒に、アメリカから恐怖の「悪法」と「危険食品」もやってくる!!映画「フード・インク」より

暮らし

■MonsantControl



■Shock to The Food System

Shock to the Food System 投稿者 firestone1105

今やスーパーには、四季を問わず豊富な食材が並んでいる。それは、あらゆる技術の発展と“工業フードシステム”により、現実のものとなったためだ。手頃価格の食べ物を大量に生産できるという利点がある一方、それを維持する陰には多くのリスクも潜んでいる。
・養鶏舎では従来の1/2の期間で2倍のサイズの鶏を育て、鶏肉を効率よく作ることに成功した。しかし急激に 
 大きくなり、体を支え切れないプロイラーは、2、3歩歩くだけで足が折れてしまう。
・草地が全くない巨大農場に押し込められた牛は、本来食べるはずのない安いコーンを飼料としているために、
 うまく消化できず、O-157などの大腸菌に感染してしまうという。
・大多数のアメリカの農民は、政府と巨大企業が推し薦めた「工業フードシステム」に囲い込まれて、過酷な労
 働環境と低賃金の下で働いている。
などは一例だ。

映画では「アメリカの食糧生産が、種からスーパーマーケットまでをコントロールしている、巨大工業フードシステムで行われていることへの恐怖」と、「食糧利権とその富を得るために、議員・官僚・資本家たちが、規制と統制を強めていること」に対して、危機感を募らせている。

かつて、自然農法を提唱していた「福岡正信氏」が、アメリカに訪れた時のことを書いていた。
「アメリカは、太陽や水が豊かにあり、大きな平原で米を仮に作ったら日本の農民はひとたまりもない。
だから日本の農業の窮状を訴えて、農作物や畜産物をあまり輸出しないでくれ!」とアメリカの農民に頼むつもりで出かけていった。しかし実際、アメリカで目にしたものは、
「農民は苦しく、懐具合もよくない。農作物も自然の力で作っていなく、石油エネルギーを加工したものだった。驚いたことに、アメリカの農民自身が貧しいから、よその国に食糧を売らなければならなくなっていることだ。アメリカの農民が、日本以上に豊かな楽しい生活をしていたら、よその国へ農作物を出すことはないのだ」と痛感したという。
現在は、福岡氏がアメリカの農業を訪ねてから20年以上経っているが、破壊は確実に進行している。

今後日本が、TPPなどの輸入規制が緩和すると、それと同時にアメリカ産の「悪法」と「遺伝子組み換えなどの危険食品」「モンサントGMO種子」などが輸入される。しかし、日本側にそのことに対しての「拒絶権」や「選択権」はないのである。そのことをこの映画とアメリカの農民の苦悩は暗示している。
まだ間に合う、TPPの前に、まず日本の食品と農業のことを考えることが最優先だ!!  

▲PageTop

羽生善治「経営者のための決断力と大局観」より

暮らし


■何手ぐらい先を読むのか
よく取材で聞かれるのですが、何手ぐらい先を読んでいるんですが。木村義雄14世という先生は「一睨み2000手と言った」。ちょっと誇張かもしれないですが…
100手や1000手は時間をかければ読もうとおもえば読めるが、時間が膨大になる。未来を予想する。仮に3つの手があると、10先だと3の10乗で6万手になるので大変。最初はおおざっぱに、2つか3を選択する。カメラでピントを合わせる作業と非常に似ている。ここが中心ではないか、急所ではないか、というようなことをおおまかに、見つけていくという作業が直感。
3番目に大局観。大局観は耳慣れないかもしれません。気を見て森を見ず、という言葉がありますが、視野が狭い状態のことを言う、その逆が大局観。大局観は具体的なことを考えるのではなく、いままでの流れ、方向性や戦略を捉える。

■大局観はショートカットできる
大局観を使うとショートカットできる。無駄な考えるを削れる。攻めたほうがいいとすれば、具体的な読みに入るときに、攻めの選択ができる。
この読み、直感、大局観の3つは、世代によって変わってくる。若い時は読み。経験を積むと、直感や大局観の比重があがってくる。
直感とひらめきは違うそうです。ひらめきと同義語と思っていましたが、ちょっと違う。どう違うか、たとえ短い時間であっても、きちんと理論、体系立てて説明できるのは直感、なんだかよく分からない、説明がつかない、第六感はひらめき。ひらめきは虫の知らせ、第六感はひらめき。直感というのは例え、一秒にみたない選択であっても、これまで学んできたことの集大成として現れているということではないか。
将棋の対局は長いんです。朝の9時から遅いと夜の12時や1時までかかる。一つの場面でも3時間ぐらいかかることがある。では、長く考えたら、正しい決断ができるのか。間違いがない決断ができるのか、というとそうではなさそうだ。
情報に攻守なしという言葉がある。最終的にAとBを選ぶのか、というところで迷ってしまう。それは、あるところまでは考えているが、迷っているということが非常に多い。それは、調子をはかるバロメーター。たくさん記憶できるとよりも、見切って、決断できるかのほうが、非常にわかりやすいバロメーター。

■見切りをつけ踏み込めるのは調子がいい
答えが出ない、結論がだすことができない、わからないんだが、今日はこの作戦で行ってみようという踏ん切り、見切りをつけて、踏み込めるのは調子がいい。
調子の話が出ましたので、運やツキについても話したい。
運やツキ、不運など様々な表現がある。科学的なものでもないので、信じないという人もいるが、結果がはっきりする世界に長く生きてきて、あるんじゃないかと。いいとき悪い時はあるような気がしています。あんまりそれにはこだわらないようにしたい。つきはものすごく人を魅了するから。

■一番大切なことは、どんな環境でもベストをつくすこと。
そうはいっても、全く気にならないかというと、自然な気持ちとして気になることもある。
どうしているとうまくいってないとき、結果が出てないときにどうするか、不調と実力を見極める。不調も3年続いたら実力。ただし、今日やったことが明日成果になってあらわれることは絶対にない。通常は時差がある。1カ月の場合もあるし、長いものは3年や5年で花を咲かせて、実を結ぶというのもある。やってることは間違ってないが、表には出ていない。
不調のときにやっていることを変えると元の木阿弥。モチベーションが下がるので、何か日常の生活に変化をつけるようにしている。どんなことでもいい。趣味をはじめる。早起き、髪型を変える。生活の中にメリハリをつけることで、不調を乗り越えていく。

■緊張はブレイクスルーの予兆
モチベーションの話が出たので、それについて話したい。
アスリートの人のインタビューを着ていると、楽しんでやりたい、という人が増えている気がする。彼ら、彼女らが、トレーニングを受けているのか、経験からか、本当にその通りだな、と思う。
どういう状態で一番いいパフォーマンスがいいか。リラックスしていて、楽しんでいるとき。二番目が緊張して、プレッシャーがかかっているとき。三番目はヤル気がない。ヤル気がないのはいかんともしがたい。
いつも、いつも、リラックスしていて楽しめればいいが、現実問題難しい。緊張しているときどうしたらいいか。緊張は最悪の状態ではない。プレッシャーがあるのは、もう少しで出来るということでもあります。
例えば高飛び選手。1メートル50センチは飛べる。1メートルは大丈夫、2メートルは飛べるわけがないので緊張しない。1メートル60センチ。もしかしたら飛べるというときに、プレッシャーはかかる。
もう少しでブレイクスルーできる、というところでプレッシャーがかかる。山登りなら8合目、最後のところが苦しい。胸突き八丁、最後の詰め、終わりが大変。大部分のところ、いいところまではきているときにプレッシャはかかる。
プレッシャーはかかるという状態は能力やセンスが引き出されるということもあります。作家の方は、締め切りという逃れることが出来ないデッドラインによって、プレッシャーで深く集中する。そして才能が開花されるということもある。

■進歩するというのは集中する時間を伸ばすこと
日常の練習や研究から一生懸命やってればいいわけですが、そうもいかない。いつどんなときに深く集中して考えているか。それは真剣勝負で考えている時です。そのとき一番たくさん考えることができる。
集中力の話が出たので、集中力のもしてみたいと思うんですが、子供の時は遊んでいるときは集中している。けれど根気がない。短い時間で途切れる。進歩するというのは集中する時間を少しずつ伸ばしていくことじゃないかと思っています。
子供の時には5分しか集中できなかったが、30分集中して、3時間集中していく。どこまでも長くできるかというと、そういうことはなくて、どこかで限界がある、時間を長く伸ばすと、密度を薄めた集中になる。助走する時間があって、深い集中にいく。

■物差しがあることで不安に耐えられる
何かに集中して取り組んでいくということは、物差しを持つようなものだと思っています。小さい頃から色々なことをやって、できるようになっていくというのは、一人がいろんな種類の物差しをつくっていくことです。
竹馬が乗れるようになる。料理でチンジャオロースが作れる。簡単なものから難しいものまであって、たくさんの物差しがあることで、不安な時間に耐えられる。
目標、やらなければいけないことに対して、これぐらいの時間、労力、努力が必要というのが理解できる。これくらいまで出来るという基準があり、推し量ることができたら、プロセスに迷うことがない、ためらうことがない。短いものさしでも、たくさんあれば不安な時間を切り抜けていくことができます。

■情報が多いほど後悔しやすくなる
物差しの話がでたんで、選択や知識や情報についても話をしたいのですが。
いまは莫大な量の情報や知識がある今ほど後悔、悩みやすいときはありません。卑近な例ですが、定食屋にお昼ご飯に行ったときに、定食が30個あったら、何を選んでも、自分が選んでるのとは違う、あっちのほうが美味しかったかもと疑念や後悔が浮かんでくる。たくさん選択肢が増えても、選択できるのはひとつ。自分が選べなかったことに後悔しやすい傾向があります。

未来のこと、先のことについても、同じように不安がある、リスクがある、山ほど出てきます。リスク管理を知っておくことは大事ではあるんですが、リスクは全部そのまま実現するわけではありません。一般的な傾向として、過去の自分が選ばなかった選択は楽観的で、未来には悲観的になるという傾向がある。これをひっくり返すぐらいでちょうどいいんじゃないかと思います。定食屋の話で言うなら、選ばなかった定食は本当に注文しなくてよかった、と考えることです。

■将棋はコンパクトにすることで生き残った
話は変わって、歴史の話もしてみたいんですが。
将棋は古代のインドから始まりました。戦争の好きな王様がいて家臣が困ってボードゲームをつくった。それが西の方にいってチェスになって、アジアは各国には将棋がある。日本にきたのは1000年前、今のルールになったのは400年前です。

日本の将棋の特徴は、取ったコマをもう一度使うことができること。エコやリサイクルといわれていますが、将棋の駒はリサイクルです。そして、小さくコンパクトにしていくということ。
娯楽であっても歴史の淘汰があって、面白いものは残り、つまらないものは廃れる。工夫しながらルールを変えてきた。面白さを維持するために、どういうことをやってきたか。盤を広くするか、コマの力を強めるかです。囲碁は広い盤をつくり面白さを維持した。チェスはクイーンという強いコマと作った。 将棋は小さくコンパクトにした。
将棋だけの話ではなくて日本の一つの特徴かもしれません。短歌や俳句は限られた字数の中で表現します。能は面かぶったら表情が見えませんが、表情が見えないということによって、より深い情感をあらわそうとした。

小さくコンパクトにしていくというのは日本の文化の特徴といえるんではないでしょうか。仕事とか産業だけの話ではなくて、日常の生活でも簡略化するのが好きですよね。セブンイレブンをセブン、ファミリーマートをファミマ、と言ったり。

■簡単に見たものは忘れる、記憶のために五感を使う記憶について話しましょう。
将棋は対局後に最初から並べ替えして振り返ります。あれは誰でも簡単にできることなんです。どれくらい簡単か。音楽や歌を覚えているのと同じです。最初のメロディをきいたら、サビをきいたら、なんの曲か分かりますよね。リズムとテンポで覚えている。そうでないものは、覚えるのは難しい。
幼稚園によばれて園児の対局を解説してください、と言われて行ったのですが、将棋のルールを覚えたばかりの幼稚園同士の対局を記憶するのは大変です。予測不可能。なぜ、こうなるのかという驚きの連続、ですから。セオリー、形に則っているものは覚えることができる。
パソコンのデータベースでみると対局は1分間で見えます。大量の棋譜情報を知ることができます。簡単に見たものは忘れる。これは本当に重要なことです。覚える必要があるときは、盤を出したり、ノートにつけたり、誰かに話したりするようにしています。大事なことは五感を使うこと。手を使う、口を使う、鼻や耳を使うというのは記憶のために重要です。

■ミスをしたときにどうするのか
ミスはしないにこしたことはないですが、今日はノーミス、悪くなかったというのは、めったにありません。1年や2年に一回。ここは修正する余地がある、課題があるかな、というのがほとんど。ミスをした後に、ミスをすることも非常に多い。ミスをすると動揺する。「しまった」と、慌ててしまって、冷静さを失い、ミスを重ねる。
一手詰めをうっかりして、負けたことがあります。一手詰めとは、コマが一個動いたら終わり、という状態です。ある重要な対局でうっかりでした。まったく気づかなかった。よく血の気が引くという表現がありますが、血が逆流する。本当に逆流したら死んじゃいますけど。
勝負は下駄がはくまでわからない。私も動揺して、相手も動揺して、終局した。ミスをしたあとに、どうしてミスを重ねてしまうか。前よりもずっと難易度が上がっているということ。ミスをする前は順調に、好調に、どういう方向でいったらいいのか、明快でわかりやすい、いい状態が続くという循環。ミスをすると、方針や流れがせき止められる。もう一度やり直さなくてはいけない。どういう方針で望めばいいかわからない。難易度が高く、複雑な状況を迎える。
ミスを重ねないためにどうするか。

一呼吸置くというのは非常に大事です。ちょっとお茶を飲む、ちょっとしたブレイクをとるのでだいぶ冷静さは取り戻せる。もうひとつ、その場面を初めてみたら、どいうい決断をするか考える。連続性や継続性があるのですが、ミスをしたあとは、状況が変わってしまっているので、この場面を初めての局面としたら、どういう手を指すかを考える。そうすると、何をするべきか、見えてきます。

■いいとこ取りからアイデアが生まれる
想定内や想定外が流行りましたが、どこかで思っていなかった想定外の選択がうまれて、そこで悩む、考えなおす。わからないときにどうするか。程度の問題もありますが…
経験は知識として役に立ちづらいと感じています。20年ぐらい前に研究しましたんですが、全然役に立っていない。戦術もどんどん変わる。20年前に流行った形は、ほぼない。 あの費やした時間と労力は何だったのか…
ただ、直接的な知識としては役にたたなくても、これから習得しなければいけないという対象を前にしたときの、方法論としては役に立ちます。
将棋の世界にも流行があります。最先端の流行を作っている人たちは、だいたいが20歳前後。プロになっているか、なっていないかという人たちからアイデアが生まれていることが多い。
どうしてそうなるのかを考えると、いいところどりすることができる、から。経験を積むと、積み上げた部分が貴重なものと思ってしまいがちです。これはダメという割り切りがあるから新たな発想やアイデアが生まれる。

■年齢を重ねたら意識的にアクセルを踏む
リスクは取るというのは常にいろんな場所で言われているわけですが、程度の問題もある。
若い時は、知らず知らずのうちにリスクをとっている。年齢を重ねるとブレーキを知らず知らずのうちに踏んでいる。そのままでは減速していってしまうので意識的にアクセルを踏んでいい。
たくさんの情報や知識があって、確率や統計の世界、マーケティングも進歩しています。一つ例をあげると、コンビニのPOSシステム。お客さんがどこの店で、どう買ったか、そういうものが蓄積されて行って、次の日の品揃えが決まる。母数が大きければ正確になる。1万よりも100万人のデータをとったほうがいい。 これはある種驚くべく進歩ですが、全てではない。
ヨットをやっている友人に白石康次郎さんがいます。ヨットにもカーナビについてるGPSのようなものがあります。どこの場所なのかリアルタイムで送られてくる。白石さんがヨットを動かす時、朝起きて甲板に出て、「今日は行けるぞ」と思ったら、カンを信じる。確信を持てないと思ったらデータに従う。莫大なデータから選択することと人間が本来持っている動物的な直感で選ぶこ、どちらも重要で車の両輪のようにやっていくのがいい。

■「場」が荒れているときは動く
人の能力や才能はありますが、それよりも大事なのは時代とのマッチングです。その人の持っているものと時代がうまくマッチングしているか。坂本龍馬が現代で生きていたら同じように活躍ができたでしょうか。
ここ1年ぐらい、どういう状況か、場が荒れていると感じます。抽象的な表現ですが…
東日本大震災がありました。タイでも洪水があった。ヨーロッパの経済不安定。場が荒れている。場が荒れているときは動く、変わりやすいというのは、あると思うんです。 そういうときにベンチャーというのは合っている気がします。

■新しいことはたいてい失敗するが変わらないのはリスク<質疑>
Q,辞めようと思ったことはありませんか
A,将棋は自己責任。審判や風向きの要素はないので厳しい。ミスからどう回復していくか。瞬間として捉えるのではなくて、1年や10年と捉える。
Q、新し手を試すことについて
A,新しいことはたいてい失敗します。それはリスクですが、10年後から見ると変えないこともリスクです。納得できるのが大事なので、期限を決めてやるというのもあります。3局だけはやってみる。というのもやってみる。新しい手をやって失敗したが、一年後には変わるというのもある。
Q,意思とはどのようなものか
A,意思は自分の力ではどうにもならないことにどれだけ耐えられるかではないでしょうか。自力ではなく、他力のところで、どれくらい信じられるか、信用できるか。相手に手をまかせるというのはいい状態です。自力でなんとかしようというより、他力思考。あとはなるようになれ。それが一番大事な意思ではないでしょうか。
Q,悩んでいるときはどうすればいいか
A,Aという選択肢か、それともBかで悩んでいる時に、Cという選択肢も良いのでは?と考えるようになったら要注意です。Cがいいこともありますが、長く考えたほうのどっちらかを中心にします。本当にどちらか分からない場合は、好き嫌い、主観です。比較して分からない場面では、スタイルや好み、そういうものにあった選択をしたほうがいいんじゃないでしょうか。

▲PageTop

人生80年!勝ち残るのは、バブルの40代か、就職氷河期の20代か!どっちだ!

暮らし

日経新聞で、バブルの40代後半夫婦の比較的高収入なのに借金地獄に陥っている話が載っていた。
夫は正社員で妻は派遣社員で月収は計70万円弱、息子2人が大学生と高校生で、家と車のローンとは別にカードの負債が900万円に膨れ上がった!と。
子供の教育に一番お金の掛かる時期だとは思いますが、夫婦の月収が70万円あるにも関わらず、カードの負債が900万円に達してしまうバブル金銭感覚に同情の余地はないし、収入が更にいくら増えようがそれ以上に消費しなければ気が済まない体質だろうと思ってしまうのは私だけだろうか?

リボ払いの金利を15%と仮定すると、ここまで負債残高が増えると利払いだけで年間135万円だから、毎年135万円だけ返していたら一生払い続けても900万円の負債は残る訳で、そりゃ大変だ。
充分な収入があるのだから倹約すれば充分返済可能だと思うけど、そんなことが出来る人ならこういう事態は招かないというパラドックスがある訳で、月収70万円で自己破産するか好きに選べって話だ!

日本クレジットカウンセリング協会の相談窓口の担当者が
「10年ほど前は相談者の多くは20代だった。最近は40~30代が目立つ」と言っていますが、
それって問題児の相談者は青春バブル世代前後でずっと変わってないってことではないか!
確かカジノで100億損したティッシュ屋のボンボンもこの世代だったはず。

明らかに30代(40代前半を含む)の就職氷河期世代とは、価値観や考え方が大きく異なる人が多いようだ。
就職でもアホみたいな売り手市場で大卒男子が正社員ではなく派遣になるなんて有り得ない時代だった。
私が「失われる40年」と日本の低迷期間を予想する根拠の1つが青春バブル世代の存在だ。
そのキャラは男性よりも女性の方が20年前と意識が変わらずに際立っている人が多いという。

男女差別発言と言われようが、青春時代は地に足がつかずに浮かれていた男性も、
その後は時代の厳しさに鍛えられて意識の変わった人も多いと思うが、
女性は20年前のまんま浮かれている人も少なくないような・・。

20代は、反面教師のキリギリス40代から車買わない「嫌消費世代」と馬鹿にされても、
顔はニコニコしながら腹の中では、
「馬鹿はお前らバブル世代だ!20年後に気付いても遅いよ!」と思われているかも!?

 

▲PageTop

サイバー戦争でも、日本は敗戦国となる可能性大!!

暮らし

三菱重工、在外公館、国会、総務省……日本の中枢ともいうべき政府機関や防衛企業が
サイバー攻撃を受けていることが、明らかになっている。
そのほとんどが、知人や仕事上の
関係者に成り済ました犯人から、ウイルスが仕込まれたメールが送付される「標的型メール」と
呼ばれる手口だ。捜査当局関係者が解説する。

「今回の一連の事件の多くは、PDF形式の添付ファイルに『トロイの木馬』型のウイルスが
仕掛けられています。受信者がこのファイルを開くと、トラップドアと呼ばれる秘密の接続回路が
開き、そこを通じて外部からのアクセスが可能になるというわけです」

世界各国では、もっとシビアな“サイバー戦争”が繰り広げられている。
サイバー防衛に力を入れているアメリカでさえ、今年10月、無人偵察機の
操縦システムがウイルス感染したことが明らかになった。

08年には、ロシアとグルジアが紛争になった際、露側がグルジアに大規模なサイバー攻撃を加えている。

「ウイルス感染した数万台のPCを踏み台にして、大量のデータを送りつけることで標的の
処理能力をクラッシュさせるDDoS(分散拒否サービス)攻撃が使われた。
この攻撃で グルジア政府のサイトや同国の金融システムが使用不能になり、深刻なダメージを受けました」(防衛省関係者)

さらにもっと恐ろしいサイバー攻撃の手口もある。
米ブッシュ前政権でサイバー・セキュリティ担当大統領特別補佐官を
務めたリチャード・クラーク氏が昨年出版した手記『サイバー・ウォー』(邦訳『世界サイバー戦争』)では、とくに 「ロジックボム」というサイバー攻撃の手法に対する警告が強調されている。

ロジックボムとは、ハッキングなどで不正侵入するのではなく、システムやチップなどの
製造過程であらかじめ悪意のあるプログラムを潜ませておくこと。いざ有事となった場合、
外部からの指令でプログラムが起動する仕組みだ。

中国製のIT機器やソフトウエアを使用した製品は、日米とも政府機関や軍事施設、
主要インフラ施設で当然のように使われている。そこでもし、中国のロジックボムが
仕掛けられていたら……。

「軍事衛星やデータ通信が停止すれば、在日米軍も自衛隊もまともに動けない。送電制御システムを
暴走させて電力供給をストップさせたり、航空管制を混乱させて事故を誘発させたり、原子力発電所の
制御システムを破壊するかもしれない。何が起きてもおかしくない」(防衛省関係者)

では、そんなサイバー戦で、日本は生き残っていけるのか?

「今回の事件で内閣官房を中心にサイバー攻撃への対処を強化しようという動きがありますが、
関係省庁の足並みが揃っていません。現在は警察庁主導の犯罪対策として進められていますが、
どの国も軍が主導するのが常識。米中露はすでに凄まじい攻撃力を実現化しているのに、国家の
安全保障問題との認識が、野田政権には欠けています。現状では、日本はまったく無力なのです」
(三菱重工事件を取材している全国紙の記者)

ペーパーテストだけで入省した亡国官僚の無能さと暴走ぶりが
ここにも露呈している。末恐ろしや・・。

http://nikkan-spa.jp/98119

▲PageTop

警察というヤクザ組織とその実態を証言する衝撃映像

暮らし

この映像は、公務執行妨害で現行犯逮捕されたAleph幹部逮捕シーンの一部始終である。



オウムのテロは断じて許すことは出来ない!しかしチンピラ警察の「不当逮捕」も許すことは出来ない。
この映像を見た限り不当逮捕そのものであり、特別公務員陵虐(刑法195条,7年以下の懲役又は禁錮)に匹敵する事件である。ちなみに現行犯逮捕で連行されたAleph幹­部は、この記録映像により起訴は免られた。

2011年10月に施行された「暴力団排除条例」は、表向きは暴力団あるいはヤクザ組員そのものを対象としているようにみえる。しかし、実際はその周辺にいるカタギの人たちが暴力団と付き合うと、ペナルティを課せられるということが主目的だ。
最近、関西お笑いタレントのSSが芸能界から抹殺された事件もこの条例が適用された。

我々もある日、チンピラ警官から身に覚えがない嫌疑をかけられて、不当逮捕されるかもしれない。
そのためにも、常時ビデオカメラなどを持ち歩き、自分を守る­必要があるのだろうか。

▲PageTop

人間の潜在能力を感じさせるスーパー映像

暮らし

人間は潜在能力のうち30%しか発揮していないといわれる。人間という生き物の可能性を感じさせる超人たちの感動的スーパー映像を紹介!

車椅子のスーパージャンプなどの超人的スーパープレイ動画

奇才早乙女太一による、一糸乱れぬ緻密な演出と影絵による殺陣

シンガポールのChan Hwee Chong氏によるサインペンアート

" Marquese"nonstop"Scottによるロボットダンス

"Man of 10,000 Sound Effects"の異名を持つマイケル・ウィンスロー氏

▲PageTop

««

Menu

Category一覧


政治 (79)
暮らし (44)
その他 (57)

最新記事

プロフィール

日々

Author:日々
遮莫つまり、それはどうでもよいということなのだ。

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。