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高倉健

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高倉健が死んだ。

高倉は福岡で育ち、父は炭鉱夫の取りまとめをしてした軍人だったという。
自身は、マージャンや賭博などしなかったが、仁侠映画を中心に活躍。くやくざ役を好演し、ストイックなイメージを確立した。

さて話は少し脱線し、やくざの話になる。

YAKUZAは、海外でもとして認識されて久しい。日本のヤクザとして代表的なのは山口組だろう。ここまで拡大したのは、三代目の田岡一雄の采配があったからだと思う。田岡が行った象徴的な采配のひとつとして、「縄張り」という概念を棄てたことにある。山口組傘下の組においても、縄張りを認めなかった。地元大阪のミナミにおいても、山口組系の組が三つも四つも重なり合い、たがいに競合しているという状態が作り出された。

この縄張りを無視するというポリシーを貫いたことにより、外部に勢力を拡大することができ、巨大化することができたのだ。そういう意味で、自由主義の国境を越えたグローバリゼーションというポリシーを持ったヤクザに変貌していった。

この革新的な山口組に対して真逆なヤクザがある、それは北九州の工藤會である。

工藤会は、みずからの縄張りにほかの組織が進出してくるのを断乎として許さず、友好関係にある組と連合を組みながら、孤塁な組織を守っている。

みずからの縄張りを死守すると同時に、ほかの組の縄張りを尊重する。だから進出してくるほかの組織に対して、縄張りの論理で断乎抵抗したし、自らも地勢的事情で山口県下関の一部に縄張りをもったことがあるだけで、北九州の縄張りの外に出ようとしなかった。山口組が全国にヨコに広がっていくのに対して、工藤会は北九州に残ってタテに深まっていったのである。

もともと工藤会は、炭鉱・鉄鉱の鉱山労働者が組員であった。
地底で過酷で危険な労働に従事する彼らの間に結ばれた親方・子方関係は、屈強で緊密なものであった。

1960年代初めまで地域全体が炭鉱・鉄鉱で成り立っていた九州においては、組以外の一般市民生活の中でも、役割と機能を持ちえたのである。人々が生きている上で起こるさまざまな対立や紛争を、法や国家権力に頼ることなく、「自力救済」という互助会的な機能も保持した社会的組織だった。これはいまも受け継がれており、工藤会と一般市民との絆は、ほかの地域に比べてはるかに強く、地域社会のなかに根をおろしている。

だから、福岡県警本部長に警察庁長官が就任して、工藤会を潰すことができなかった。ついには本部長が「一般市民のもっと反暴力団の意識を持ってもらわないと困る」との泣き言をいったほどだった。

さらに工藤会は、1992年の暴対法に正面から正面から、警察と対峙した。
ヤクザ組織は、自主的に発生した後、かならず国家権力との関係を確定することが迫られる。日本近代では、国家が一定の範囲でヤクザを容認しながら、みずからの采配下で先兵として使うという関係も築かれた。60年安保では、佐藤政権は、デモ隊鎮圧のために、ヤクザを使い鎮圧したことがわかっている。

高倉自身は、仁侠団体とも交流があったようだ。

実際、山口組三代目・田岡一雄とも親しく、田岡を江利チエミとの結婚披露宴へ招待したりしていた。
ひょっとして、高倉は、福岡の工藤会へのつながりがあったのではと思う。
いつか確かめたいと思っている。
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