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政治

[日本航空123便墜落事故] 自殺した航空自衛隊員が所持していた 2枚の写真 

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「日航123便は自衛隊に撃墜された」と言ううわさがある。この「あり得ない」ようなうわさ、すでに後部圧力隔壁の破損と原因を結論付けられているが、果たして真相はそうなのか? 事故後25年を経過したにもかかわらず、なお因果関係を説明できない事象が絶えないのはなぜか。本稿はその手がかりの一端を提起したものである。

(以下、本文転載貼り付け)

http://oujyujyu.blog114.fc2.com/blog-entry-1095.html

2010-08-14

◆自殺した航空自衛隊員が所持していた2枚の写真

日本航空123便墜落事故が発生して、2日前に25年が経過した。日本航空123便墜落事故は、1985年8月12日18時56分に、群馬県多野郡上野村の御巣鷹の尾根に墜落した事故。

自衛隊員の自殺数は1986年には年間90人以上と81年から73パーセントも増加している。
(一省庁のなかで1年間で90人これだけの自殺者が出るのは、不自然であり不審であるが報道すらされなかった。)

最初に不審な自殺者が出たのが1986年7月、二人の航空自衛隊パイロットだった。そしてつづいて同年9月12日14日と航空自衛隊員が二人自殺する、(これを皮切りに謎の自殺数増加がはじまる)

そのうちの一人(9月12日死亡)が友人に預けていた二枚の写真があるのだが、一枚は7月に自殺した同僚二人の写真(a)である。

この時の状況だが二人は自殺をはかった直後に発見され、自衛隊病院に運ばれ病院内で死亡ということで、司法解剖も、検視解剖もされなかった。だがこの写真の異様さに気づくだろうか、身長ほどの高さで吊られているが、踏み台もなにもない、しかもパラシュートコードを使ったというが、このコードは6mmほどで300kg近い耐力があり、首への食い込みは太いロープなどと違い血管も神経も切断する。

それを偶然自殺直後に発見し撮影までした後、病院に搬送するまで生きているとは考えづらくはないだろうか?(4人とも遺書は残していない)

そしてもう一枚の写真(b)が暗い倉庫内(建造物にはモザイクをいれた)の写真。暗い倉庫でフラッシュ無しで撮影されたよう。これはなんなのか?
自殺した航空自衛隊員が、なぜこの2枚の写真を何の説明もなく他人に預けたのだろうか?

◆日航123便の垂直尾翼はその70パーセントが見つかっていない。

写真(b)の右はじ部分まくれあがってるような部分があるがそこにオレンジと黒の色が見えるが、123便に使用されている塗料は白黒赤だけであり、「オレンジ色」は一切使われていないという。

折れ曲がりボロボロだが、これは失われた「70パーセント部分」ではないだろうか!?
自衛隊は二種類の鮮やかな「オレンジ色」のミサイル照準訓練用の小型標的機を所有している。

【写真(A),(B)】 http://blog-imgs-32.fc2.com/o/u/j/oujyujyu/08141.jpg


http://plaza.rakuten.co.jp/topsecretx/diary/200802250000/


【写真(日航マーク)】 http://blog-imgs-32.fc2.com/o/u/j/oujyujyu/08142.jpg


【動画:日航ジャンボ123便 JAL123 墜落現場 】

http://www.youtube.com/watch?v=Yu4WkvI5cL4&NR=1


◆自衛隊員の自殺率の嘘

1981年より自衛隊員の自殺数の調査が行われている、そして1982年から自殺数が急激に上がり1986年には年間90人以上と81年から73パーセントも増加している。

だが実は1981年に調査を開始した記録はなく、1986年に急に以前から調査していたかのように自殺数を公表しはじめた、一省庁のなかで年間これだけの自殺者が出るのは、不自然であり不審であるが報道すらされなかった、しかもなぜわざわざ81年から調査しているなどと嘘をつかなければならないのだろうか?
自殺率増加という一見マイナスイメージしか生まない情報操作はなにを意図したものであろうか?

最初に不審な自殺者が出たのが1986年7月、二人の航空自衛隊パイロットだった、そしてつづいて同年9月12日14日と航空自衛隊員が二人自殺する、(これを皮切りに謎の自殺数増加がはじまる)

そのうちの一人(12日死亡)が友人に預けていた二枚の写真があるのだが、一枚は7月に自殺した同僚二人の写真(a)である。



(ぼかしをいれてある)この写真の二人だが、当時隊内では同性愛者の心中ではと茶化されておわったという、この時の状況だが二人は自殺をはかった直後に発見され、自衛隊病院に運ばれ病院内で死亡ということで、司法解剖も、検視解剖もされなかった。

だがこの写真の異様さに気づくだろうか、身長ほどの高さで吊られているが、踏み台もなにもない、しかもパラシュートコードを使ったというが、このコードは6mmほどで300kg近い耐力があり、首への食い込みは太いロープなどと違い血管も神経も切断する。

それを偶然自殺直後に発見し撮影までした後、病院に搬送するまで生きているとは考えづらくはないだろうか?(4人とも遺書は残していない)

そしてもう一枚の写真(b)が暗い倉庫内(建造物にはモザイクをいれた)の写真だがこれはなんなのか?なぜこの2枚の写真を何の説明もなく他人に預けたのだろうか?

http://plaza.rakuten.co.jp/topsecretx/diary/200802260000/


前回の写真の正体を追及したい。

下の「資料3」の赤い部分、日航123便の垂直尾翼はその70パーセントが見つかっていない。「資料1」の写真は暗い倉庫でフラッシュ無しで撮影されたようで、解像度が非常に悪かったのを最大まで解像度を上げ補色処理をしたものだが、何にみえるだろう?

折れ曲がりボロボロだが、これは失われた「70パーセント部分」ではないだろうか!?
相模湾上空で失い行方不明のはずの垂直尾翼の写真をなぜ自殺した自衛隊員がもっていたのか、もし自衛隊で回収したのであっても隠す必要はどこにもないはずである。

ここで一つのある「うわさ」に行きつく、「日航123便は自衛隊に撃墜された」
と言ううわさである。

ありえない!なんのために自衛隊が民間機を撃墜しなければならないのか、そんな必要もメリットも何もない。荒唐無稽な話としか思えないだろう。よく自衛隊は民間機や客船、漁船などを敵にみたて、ぎりぎりまで接近しミサイルのレーダーロックの訓練を頻繁に行っているのは有名な話だが、ここでミサイルを誤射するなどは絶対あり得ない!

別の可能性、自衛隊機と衝突したのであれば飛行中の破損はさらに甚大であるし機長たちも事故前にわかるはずである。

「資料1」の右はじ部分まくれあがってるような部分があるがそこにオレンジと黒の色が見えるが、123便に使用されている塗料は白黒赤だけであり、「オレンジ色」は一切使われていないという。事故当時のニュース映像で日航側の事故調査員が金属片を回収しようとして証拠隠滅の容疑で自衛官に連行されたが、自衛官がなぜ連行なんかしてるのか関係者の間で疑問だった、その後この映像は一切流れることはなかった。

このとき調査員の回収しようとした金属片も日航機には使用されていないはずの「オレンジ色」の破片だった…

ここで一番下の写真を見ていただきたい、自衛隊の採用している二種類の鮮やかな「オレンジ色」のミサイル照準訓練用の小型標的機である…

 

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