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 ←アメリカ政府は三つの政府を同時に打倒できるのか?(マスコミに載らない海外記事) →地獄からの使者 竹中平蔵 「民営化した郵政はアメリカに出資せよ」
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松本サリン事件とオウム事件における 冤罪と死刑の構造(安田好弘弁護士、河野義行氏対談)

 ←アメリカ政府は三つの政府を同時に打倒できるのか?(マスコミに載らない海外記事) →地獄からの使者 竹中平蔵 「民営化した郵政はアメリカに出資せよ」
安田:9月11日、松本サリン事件の河野さんを招いて03年3回目のセミナーを開きました。この日は9.11から3年目とあって各地で集会が目白押しでした、しかし私たちの会場である早稲田奉仕園は超満員となり、いわゆるオウム事件への関心の深さを感じました。

一連のオウムが関連したと言われる事件に関して最も良く知っている安田さんと、河野さんの対談でした。事件の背景・隠されたものは何なのか。何にも解明できていない事件の中で裁判だけが進行し、一審ではほとんどの被告に死刑判決が出され、控訴審に移っています。以下は長い対談をまとめたのですべてを再現はできていません。文責はすべて編集部にあります。マスコミが事件を作っていった


河野 松本サリン事件は1994年6月27日深夜に起きた。突然犬が死に、家族全部が体がおかしくなり病院へ。救急車が次から次へ患者を運んでくる。

翌日私の自宅が強制捜索を受けた。シアン化化合物があったことが端緒になっている。強制捜索令状がその日のうちに出てしまう。7名の人が亡くなり数十名の人が入院し被害者は600名だが、令状は殺人となっている。事件だか事故だかもわかってはいない。それでも殺人罪という捜索令状を出した。警察の「大勢死んでいるから広い意味では殺人だ」との説明を裁判官がそのまま認めた。捜索が始まり、私が保管していた写真の現像の材料、陶芸の着色用材料などが押収された。
亡くなった方や負傷した方たちの瞳が縮んでいる、縮瞳という現象があり、シアンでは逆に瞳孔が開きこの現象はない。有機リン系の薬剤で縮瞳という現象が起こる。そういうものがないかと捜す。スミチオンという農薬があった。これはどこの園芸店でも売っている。他に有機リン系農薬粉剤もあった。警官に聞く。

「有機リン系の粉剤ってうちにあったんですか?」「あるっ!」「どんなもんですか?」「バルサン」。バルサンも有機リン系の農薬だ。警察は新聞にリークする、河野の家に有機リン系の農薬が2種類あった、亡くなったり負傷した人との症状と矛盾しない。そのように書く。犯人であるという像をつくっていった。

誤報もあった。薬品の調合を間違えたとか、関与をほのめかしているとか。周辺取材でウソを補強していく。薬品を調合するには調合容器と秤が必要。秤押収、調合容器押収と書いたが、秤はもっていっていないし、容器は漬物の樽。漬物の樽がいつの間にか調合容器と表現されていき、一見整合性のある記事となる。

疑惑を印象づける記事が事件から1カ月、3カ月、半年過ぎと区切りのいいところで、検証するかのように載る。「事件の鍵を握る人物」、朝日新聞は12月末ぐらいまでそういう書き方をした。

当初の「薬品を混ぜ間違えたらしい」が、警察がサリンと推定される物質が原因と発表することにより動きが変わっていった。「毒ガスが本当に作れるのか」。7月16日に退院するという話が出たころ、河野ではないのではないかという動きになっていた。退院しても厳しい取り調べは行いにくい。読売新聞が退院に焦点あわせ7月15日の夕刊と16日の朝刊に「薬剤使用ほのめかす」とのタイトルで書き、疑惑を元に戻した。これで少々荒っぽい取り調べをしたって世論の批判を受けない。

7月16日には後遺症がひどく退院できず、7月30日退院となった。こんどは産経新聞が「30人、40人殺せる薬をもっている」というタイトル。スナックで酒を飲んだ人がタクシーに乗って運転手に話をしたと、警察が意図的に流して書かせた。これを追ったのは地元の信濃毎日新聞しかなかった。信濃毎日は「核にも匹敵するような薬開発した」と書いた。ほかは裏付けが取れないので、どこも載せなかった。警察は産経新聞を事情聴取に使った。

取調室でぽんと私の前に出し「これはあんただよ」と言った。「スナックからタクシーに乗って、家まで行って入っていくのを見ている。裏付けもとれ、面通しもした」。「ありっこない。ここ2~3年スナックで酒を飲んだことはない。もし松本中の店に河野のボトルがあるなら出してもらいたい」と切り返した。警察の追及はこれで済んだ。ところが弁護士さんにも記事をもっていって、事態はここまで来ているんだ、もう手を引いたらどうだ、と。マスコミは捜査環境も整える。

私は早い時期に弁護士さんをお願いした。事件が6月27日、お願いしようと思ったのが29日。7月1日にはもう弁護士さんがついていた。ベッドで寝ていたら、長男が来て「テレビでお父さんのこと殺人者扱いしている」と言う。私はカッとなって、裁判を起こそうと思い、弁護士さんをお願いした。弁護士がついたと伝わったら、社会は一斉に反発した。7人も殺しておいて、弁護士をつけ自分の罪を逃げようとしている、なんてやつだ、と。反発は弁護士にも向かい、「そんな悪いやつを弁護する弁護士も弁護士だ」。事務所に電話やFAXでいやがらせ、抗議が集中した。知名度を狙った悪徳弁護士だ、金儲けの乞食弁護士だと、弁護士を誹謗中傷することが随分行われた。

弁護士の仕事は黒を白にすることではない。依頼者の法的利益をどう守っていくのかというところが原点だ。しかし世の中の人はそうは考えない。麻原さんの弁護士も随分パッシングを受けたし、和歌山のカレー事件の弁護士も批判された。こいつがやったらしいという動きになると、法的手続きやルールがすべて飛んでいってしまう。

当初警察は自分を守ってくれるありがたいところだと思っていた。マスコミは私の逮捕は時間の問題だといっていた。ところが1カ月たっても逮捕されない。病院は犯人をかくまっていると噂された。主治医は熱が下がっても3、4日たたないと退院はさせられないと言っていた。ところが噂が広がり「治療費もかさむだろうし、自宅でも治療できるから退院してもらいたい」となった。弁護士さんは1日でも長くおいてもらいたいと言ったが、認められなかった。7月30日、サリンの後遺症を持ったまま退院することになった。退院したときの体温は37度6分で、頭痛と下痢、口の中はばりばりに乾く、そんな状態だった。

「事情聴取は2時間が限度である」という主治医の診断書を持って、任意の事情聴取に行った。警察に強制力はない。診断書を示し「私の体調はこの通り。事情聴取の時間を配慮してもらいたい」と言った。それはそれで受け取って、これにサインをしてほしいといって書類を出してきた。ウソ発見器にかけたいから承諾してくれという書類だ。この時は、逆に自分の潔白が証明されるだろうという思いで承諾した。ウソを言うこともないし隠すこともないのだから。しかし警察は何も反応が出なくても、「あなたは白です」とは言わない。「機械は正直だ、あんたにとって不幸な結果が出た」。ポリグラフは受けない方がいいと、経験から思う。

ポリグラフと、誰々がこう言っていたからおまえだろうなどと追及され7時間半、立っているのさえつらい状態で1日目の事情聴取が終わった。次の日は自白の強要。任意の参考人聴取でいきなり自白の強要が行われた。警察には焦りがあった。マスコミが100人くらい集まっている、結果を出さなくてはいけない。警察はとても世論を気にし、マスコミを相当意識している、マスコミは世論を反映しているから。

当時、長男と話した。世の中には誤認逮捕があり間違った判決もある。お父さんは7人も殺した犯人ということになっている。最悪が重なればおそらく死刑だ。そうならないように努力するし、それは大事なことだが、もしそうなって、死刑の執行が来たとき「あなたたちは間違えた。しかし許してあげよう」、そう言って刑の執行を受ける。精神的に下になっては負ける。「仮にあなたたちが間違っても俺は許してやる、そういう精神状態でこれから対処しような」、そんなことを話した。嫌がらせをする人もいた。かわいそうな人だと許してあげる位置づけを保ってきて、何とかつぶされずに乗り切った。

◆被害者であることを確認するために

安田 河野さんは被疑者と被害者の2つの立場にいた。私はたまたま麻原さんの弁護人になり事実を調べて回った。松本サリン事件もその中の一つで、いろんな人に事情を聞いた。信州大学の先生がいて、この方は難しい事件が起こったときに理科系の専門家として警察に意見を述べる立場の人。7月29日の段階で警察から照会があり、河野さんのところから押収されたものを全部見せられ、直ちに検討した。

これらのものでサリンが作れるかと意見を聞かれ、絶対に作ることはできないと断言した。その段階で専門家として絶対にあり得ないと言ったにもかかわらず、河野さんへの追及が延々と続いた。絶対に作ることはできないと指摘していたことを聞いて、私たちも一連のオウムの事件とは何なのだろうと思い始めた。

弁護人というのは依頼者の利益を徹底して守る、国家を敵にしようと世界を敵にしようととことん守る。それは当然のこととして、この事件にはもう一つ責務があり、この事件の真相を暴露すべきだと思った。前兆がたくさんあったのに、どうして防ぐことができなかったのか、というところに必ず謎があると思った。それで、従来の弁護のやり方をおよそ変えて、とことん真相を追究する、隠している部分をあばいていく、ということをやり続けてきた。

河野さんにお聞きしたいのは、被害者としてどういうサポートがあったのか。そしてどういう問題が解決されなければならないか。


河野 被害者には変わりないのだが、初めは加害者という扱いを受けた。犯罪被害者等給付金制度がある。亡くなった方や高度障害をおった人に、国が見舞金という一時金を出す。私はこれを使うことにした。警察は私のことを被害者とも加害者とも言わなかった。給付金を私が受けられるとき、公式に私を被害者だと断定することになる。事件が起きた翌年の5月16日、麻原さんが逮捕されたときに申請し、半年かかって認定された。

犯罪被害者の補償は、基本的には「加害者に訴訟を起こし、被害相当を弁済をしてもらいなさい」というスタンス。しかし判決が出ても加害者に支払能力がない場合、受けた損害プラス訴訟費用で、なおへっこんでしまうのが現状だろう。
国には犯罪を防げなかった道義的な責任がある、だから国は被害者を救済しなければならないと、私は訴えたい。ところが、救済の基本法がないから「気の毒ですね」で終わっていた。こんど犯罪被害者の救済基本法が提案され(12月1日、犯罪被害者基本法が議員立法で成立)、どうするかという話はこれからだ。

安田 犯救法には、犯罪をどう考えるかという基本的な視点がない限り、支援関係は基本的なところでとどまってしまうという指摘がある。被害者になることも加害者になることも一定の範囲内で起こることであって、社会全体が背負う社会の責任であるという考え方。また、これは社会保障の問題だから、警察ではなく厚生労働省でというという点については?

河野 現状は被害者と一番接触しやすい警察が窓口で、公安委員会が受理し裁定する。やはり犯罪を防ぐということは国の責任だから、お見舞い金ではなく、厚生労働省あたりがきちんと保障するということだと思う。医療費がかかる人もいるだろうし、生活が成り立たない人もいるだろうから。
 サリンでいまだに後遺症が残っている。治療はどうするのか、まったく確立されていない。国は何もやっていない。民間ボランティアがお金を出して検診などをやっている。本来それは国がやらなければいけない。

◆冤罪を生む構造とは

安田 体験されて、裁判所あるいは弁護士、検察、そして警察などがどういうものであるのかを理解されたと思う。そこらあたりを。

河野 警察はまず証拠の保全とか初動捜査で押さえるべきものはきちっと押さえていく。証拠は、後の公判に耐えうるものを入手しなければならない。松本サリン事件が起こったとき私の家のものを押さえた。それは証拠保全したいということだと後でわかった。現場にある証拠で可能性を組み立て、私が疑われた。疑われるのはしょうがないことで、警察の捜査手法は、現場に近い人、亡くなった人に近い人から捜査を広げていくわけだから。私は現場の横に住んでいて第一通報者であるし、私を疑うことは、警察の手法からしたら当然のことだ。

問題はターニングポイントがいっぱいあった。私の家から押収された薬品ではサリンはできず、シアンでは縮瞳は起こらないなど、折り返すところがいくつもあった。ところが捜査指揮をとっていた刑事部長が意地を張った。捜査幹部を集めて「おまえらは河野の黒い部分を捜してくるのが仕事だ」とか「河野が白だと、そんなやつはこの本部からいらないから出ていけ」、こういうことを言った。警察はなかなか修正ができない、そこが一つの問題だ。

それから令状の問題だ。コンピュータの犯罪もあるし、薬品の犯罪もある。裁判官のサポート態勢がとれていないないのではないか。裁判官は法律の専門家ではある。いろんな専門のスタッフを揃え、裁判官をサポートできるような組織になればいい。現状は逮捕状を請求したらほとんどが出てしまうということだが、チェック機能が働いているか、とても疑問だ。

安田 あの時、逮捕令状を請求したら出たと思う。なぜ請求をしなかったのか。請求しても勾留の期間内に事件として起訴できるだけの自信がなかったのだろう。普通あのレベルでは、何かほかに口実がつけれないかと余罪の逮捕から始まって、だんだん本編に入っていく。例えば図書館から本を借りて返すのを忘れていて、本が自宅にあれば窃盗と、そういう令状が飛んでくる。私は弁護をしていて思うけれど、警察・検察・裁判所はチェックする機能がほとんどない。証拠も見直す機能がない。

自白調書も見直す力がない。だから冤罪はいくらでも起こりうる。警察・検察・裁判所がそれほど硬直化しているとは誰も思ってはいない。冤罪は冤罪として通るんだと。だから冤罪で逮捕された人は、実に無警戒で取り調べにも裁判にも臨み、ますます冤罪になりやすい。罪が重い事件であればあるほど冤罪がますます増えている。

ところで、河野さんの問題はいろんなことを含んでいるから、多くの接触があったと思う。そういう団体を見てどういう感じたか。


河野 冤罪支援団体あるいは人権擁護の団体はあるが、黒いといわれているときは手をさしのべてこないという印象を持っている。明らかになったときにてのひらを返す。人権擁護委員が私ではないということがわかってから捜査資料を出せと言った。自分たちの安全な足場を作っておいて、世間の風を見て、風に沿ってしかものを言わない。

安田 弁護士、弁護士会はどのように動いてきたのか。

河野 傍観していた。おかしいんじゃないのかというのは、はじめからあったと思う。そのときにおかしいと言わなかった。危ういことが行われている、そこでものを言ってほしい。

安田 マスコミについて何が根本的に問題だと考えているか。

河野 警察の一番の問題は本来は漏らしてはいけない捜査情報を漏らしたこと。これは刑事訴訟法、地方公務員法、警察法などに、職務で得た情報は漏らしてはいけない、とある。マスコミはそれを破らせることで評価される。自分たちは守秘義務があるんだ、と貫いていない。マスコミは断片情報をもらって、それをつなげて、危ないと思えば推測の記事書けばいいという安易さ。そこが問題だ。

安田 ごくたまにきらっと光る人もいるが、そういう人がアクセスしてきてガードしようというようなことはなかったか?

河野 とりあえず白紙に戻していった。科学的に検証しようと言ったのがテレビ朝日の「ニュースキャスター」という番組とTBSの「情報スペースJ」という番組。その人たちといまだにおつきあいがあって、犯罪被害者支援のNPO(編集部注:リカバリーサポートセンターというNPO法人。サリン事件の被害者の人たちに対する国からの救済制度が一切ない中で、発足した市民団体。年に1回無料の検診をし、トラウマのケアやサリン独特の被害のケアなどを市民の力でやっている)で活動している。異色といわれていたけれど、事件をきちっと報道しよう、そういうところがあった。

安田 事件からどのくらいたって、どのようなきっかけでそうなっていった?

河野 8月10日くらいから動き始め、端緒は周辺取材。いろんな話を聞く。警察の言っていることはどう考えてもおかしい。現場をとことん洗う、話を聞いていく、やっぱりおかしいと感じて、では科学的にみたときどうなるか、ということだったと思う。

安田 その人たちの力によって社会全体、あるいはマスコミの動きは変わったか?

河野 実際にはこうなっている、とテレビで放映されたので、少し中立に冷静にという働きは果たしてきた。

安田 裁判官も検察官も弁護士も含めて責任をとらない構造が蔓延しているけれど、河野さんの嫌疑が晴れる過程で、責任をとっていくということが、マスコミや社会の中で、あるいは団体の中にあったか?

◆マスコミが責任をとれない理由

河野 責任をとるとは、まず謝罪。疑惑の印象を与えてごめんなさいという謝罪はしている。視聴者に対する責任はとっていない。マスコミは誤報を誤報のまま残している。このように間違ったので訂正するというのが責任だが、ひっくるめてごめんで全部終わっている。どこがどう間違ったのか訂正していない。そういう意味では視聴者に対して責任を果たしていないと思っている。

安田 誤った報道に対し、訂正するためにはその10倍くらいの報道が必要だと思う。それを考えると一切何もなされてはいない。なぜ誤ったのかということについて、検証がまったくない?

河野 マスコミは検証はいっぱいやっている。そしてそれは過去にまちがいを起こした原因とまったく一緒。自分たちはなぜまちがうのかというところまではマスコミはわかっている。検証はやる、検証やって終わり。十分に反映されていかない。

安田 なぜ反映されていかない、その原因は?

河野 マスコミは大きな組織だけれども、記者というテナントがいくつも集まっていて、記者同士が情報という商品を競争して売っているという構造だと思う。例えば朝日新聞の記者同士が競い合って、そして自分こそが光らなきゃならないわけで、過去の失敗とか教訓が後輩に伝わっていかない構造となっている。自分のノウハウが伝わっていかないという構造。

安田 マスコミは公の利益のためにやっているように見えるが、完全なビジネスだということを私たちは忘れてしまう。私は忘れそうになるとマスコミの建物を見る。立派なものがマスコミの建物で、とりわけテレビ会社の建物は、摩天楼のようにでかい。一企業がなす、あるいは一企業の営業活動によってできる規模をはるかに超えている。マスコミはいったい何かというのがよくわかる。見誤ってしまうと大変なことになってしまう。

見誤るとはマスコミに煽動されること。それが大きなマスコミ被害ではないのかなと思う。煽動されるとは相対立する必要がまったくなかったのにもかかわらず、対立する人間に区分けされ、あるいは差別する側に巻き込まれてしまうということで、そこに大変な怖さがあるような気がする。いわゆる冤罪が晴れたあと、人の態度はどういうふうに変わったのですか。


河野 マスコミは、極悪人にも描くし、あるいは美化し英雄的なものにも仕立て上げる。私は事件前と事件後の生き方も考え方も変わってはいない。その私が「事件」により、悪いという一つの路線、編集方針が出たときにはとてつもない悪いやつになってしまう。ところが1年たって、私が事件に関与していないとはっきりしたときにはまったく逆転し、とてもいい人になっていく。マスコミの人に対する評価の仕方はどっちか偏ってしまう。

◆オウム関連事件に隠されているもの

安田 麻原さんの裁判の一審判決があり、オウムの多くの人たちは控訴審になりつつある。たくさんの人が死刑になっている。1年間で16人くらいの人に対して死刑判決が出るという異常なことが起こっている。オウムの一連の事件の裁判の動き方、裁判で行われたことについてどのような印象を?

河野 裁判官が結論を出す前に、世の中やとりわけマスコミが結論を出しているように思う。判決の前に判決が出てしまっているという感じで、とてもおかしなことだと思う。それから弁護士がシビアに質問して、説明しろと言っているのに、裁判を遅らせているという批判も出た。丁寧に裁判を行うことすら世間が許さない。麻原さんの一審判決は8年くらいかかって、とてつもなく長いという言い方をしている。その起訴項目、被害者の数などを勘案したとき、8年は随分早いと思っている。

マスコミは「長い」と煽動している。13項目の起訴、そして多数の被害者の被害状況、そういうものを一つ一つ立証していかねばならないのに、他の人がやって8年でできるか、弁護団も検察も一生懸命やって8年で詰めたという印象を持っている。マスコミが「長くはないか」というコメントで煽動し、そういう方向性をマスコミがつくっていく。

安田 私の感じでは、この一連のオウムの事件ほど杜撰な証拠からできあがっている事件はなかった。依頼者だった麻原さんのケースだと基本は共謀。どうして共謀が成立したのか、出て来るのは常に教団の話。教祖、マインドコントロールという安易な言葉ですべて片づけてしまう。それで共謀の成立。人間の作業だからそれぞれの揺れる思いがあって、それぞれの目的がある。目的さえも教祖一人の話にしてしまう。

安易な事件のくくり方だから、客観的事実からしか積み重ねていけないというのが、私どもの感覚にあった。一番抵抗したのは裁判所だった。裁判官に最初に会ったとき、これは全世界に注目されている事件だと言う。それを聞いてびっくりしてしまった。裁判所は白紙で臨むはずなのに、もう事件の大きさを測っている。これだけの大量の報道だから、マスコミを避けていたところで情報は入ってくるだろうと思う。

世界に注目されているという認識を持つのならば、しっかりやろうというのなら話は分かるけれど、注目されているから5年以内で片づけたいと言う。注目されているから早く終わらせたいということはいったい何なのか。世界ではなく、実はマスコミが「早く吊してしまえ」と言っていることに応えようとしているということが見え、そこから毎回会うごとにケンカをするという感じになっている。私からすると、よくぞ8年で判決が書けたなという気がしてならない。

あの事件は20年、30年かかるだろうと思っていたし、少なくとも10年はたたないと真相などしゃべる人は出てこないだろうと。社会が沈静化しないと事実を話す人はいない。真相が、ぽつぽつ出てくるまで待つ。じっとして待ってるわけではなく、こちらはこちらで究明していく。ただそれを世間に説明する必要はない。弁護士はマスコミにも説明しない。まあ説明している部分もあったけれど……。だからここにフラストレーションがたまったんだろうという感じもする。

しかし基本的に弁護士はいったい何をする、どういう職業の人間なのかということについての理解が得られなかった。逆に言えば、これまで弁護士がまともな仕事をしてこなかったから理解が得られなかったのかなという気がしてならない。今回の事件は、戦後日本がつくってきた民主主義の脆弱さ、単なる紙細工にしか過ぎなかったということを思わされた。

9.11のあと、世の中ががらっと変わったと思うけれど、日本では3月20日の地下鉄サリンが起こったあと一気に変わった。


河野 サリン事件を契機に危機管理を意識し始めたと思う。それまではテロというのは頭の中になかったんじゃないか。サリンができる物質を規制していくとか、そういう危機管理が、あれを機に進んだと思う。さっきの裁判が何年もかかるという話で言えば、訴因が変更された。安田さんは訴因の変更をどういうふうに思うか? 私は問題ありという言い方をしているのだが。

安田 訴因の変更は弁護人にとってはダーティとしか映らない。都合が悪くなったから変える。都合の悪くなるような起訴しかしていないのか、そういう裁判しかしていないのか、いかにも不真面目。自分たちが言ってやってきたことのミスをつくろうというのか。

検察があげてきた訴因を徹底してたたき始めると、検察は危ないかなと思い始める。しかし、実は検察だけが訴因変更をやるのではなく、訴因の変更は裁判所と検察が合議の上で決める。裁判所が訴因変更した方がいいんじゃないかとサインを送る。このままだと裁判が進まない、膠着状態になる、もしかして無罪が出るかもしれないので、訴因を変更して手堅いところに収めろということ。あの事件では、時間を短くするという話もあった。

しかしあのままでいけば、かなりの部分の地下鉄サリン事件の被害者の中で、証拠があまりにも杜撰だから、有罪が認定できない。はっきり言えば、彼らは整理し、有罪が出るのだけに絞った。検察は初めからそれはわかっていた。彼らのやり方は、サリンの被害を受けたかどうかというのはいわばアンケート調査で、最初はとにかく何千人という人の被害だということを持ち出すことにより、事件の大きさを広げた。それで私どもが抵抗すると、これはまずいと、裁判を早く終わらせるんだという大義名分に隠れて、その危うい証拠を全部引っ込めてしまった、というのがあの訴因変更の真相。


河野 私も検察官に訴因の変更をどうしてやるのかと言ったら、裁判の判決を出すまでを短縮するという話だった。「だったら殺人未遂はやらないで、殺人一本でやったらどうですか」と言ったことがある。それでは世間が納得しないと言っていた。事件は事実をきちっとそのまま残すというのが大切なのだが、被害者がいつの間にか大幅に減ってしまって、事件の歴史を変えてしまうことはよくない。裁判が長引いても、被害者しか困らない。弁護士は弁護士報酬があるので困らないだろうし、検察官・裁判官は仕事として続くから困らない。被害者対策がきちっとできていないから、被害者だけが待てない。だからそういう対策をとって、待てるような態勢をつくって、裁判は事実だけをやっていくことが大事だと言った。

安田 被害者支援の貧困さが上手にすり替えられて、裁判の迅速化が求められていることになってしまった。事実を解明していく話ではなくて、つるし上げというか、リンチの場に変わっていく傾向が強くなっている気がする。

検察官に最初の段階で「このレベルの証拠では恥をかくよ」と言った。確かに人数は多いんだけれど、一つ一つとって、一つ一題で、一人の被害者について一つの殺人未遂の三点セット、ペラ3枚で、それが証拠だというわけだから、もう、こんな恥ずかしい話はない。普通だったら当然その被害者に面談して、いつあなたはどうして、どうなって、そしてどんな症状かということを聞いて、調書になる。そうしてあなたは当時どこにいたかと現場でもう一度確認することが当たり前。ところがアンケートで、信じがたい話だった。

ともかく一審判決が出た。あの一連の関係で無罪になった人はいない。地下鉄サリンの実行行為をやった人の一人だけ無期の判決が出て確定した。しかし実行行為に参加したけれども、結局その人の行為では誰も死ななかったという人も死刑になった。それについてはどういう印象を?


河野 検察に協力した人は、検察が情状酌量みたいに途中で求刑を下げた。まったくおかしな話で、やったことに対して求刑はきちっと決める。情状酌量を求めるのは弁護士がやることなんだけれど、検察が弁護士の仕事をやっているような違和感を感じた。

安田 死刑か無期、または刑期何年と、裁判所が決めるように見えるけれど、実は検察が決めているんだということが如実に現れている。検察が死刑を求刑し、かなり強く立証し、声高に主張すればやはり死刑になる。しかし検察が無期しか求刑しなければ無期判決しか出てこない、ごくごく例外的なケースを除いて。判決は裁判所が決めるものだと思っているが、実は検察が決めるということを、今回は如実に示した。 検察が決めるということは、明らかに行政機関である検察が、いろんな政策的な考慮を働かし、しかも治安維持という大きな名目のもとに動いていて、刑が実は政策的に決められていくことになっている。

あの場合、司法は自首したからいいんだと言う。捜査に協力したというのはあまり表に出さずに、法的な衣を設けた。あの人は初めから疑われた人で、駅前にある自転車に乗って占有離脱物横領で逮捕されたが、その時の報道は、これで地下鉄サリン事件は解明に向かうと書いた。全紙トップ記事で、全部同じだった。

つまり警察発表で、スクープであれば1社しか書かない。にもかかわらず、検察のレベルになってくると自首をしたと。自転車を盗んで捕まっている最中に「実は私はサリン事件をやりました」と自首したから、自首が認められるんだという論理をつくった。それは求刑だけでなく、求刑の前提となる事実でさえ適当にトリミングされるということを示している。とすると、仮に死刑を是としたところで、死刑が公平、公正に適用されているかについても、大変疑わしいということになる。首謀者とされる麻原さんに対する死刑判決をお聞きになってどういう印象を持たれたか、あるいは世間には、被害者の悔しい思いとかやりきれない思いを死刑そのものが和ませてくれるというような話もあるのだが、それについては。


河野 これは、まったく私的な部分だけれど、仮に彼が起訴された内容の通りであったとして、死刑が麻原さんに対して極刑かなと考えたときに、私は違うんじゃないかと思う。何とも思っていないかもしれない。自ら最終解脱者といって、来世もあると信じているのであれば、この世の終わりはあの世の始まりなんだという捉え方もあるのではないか。

だから終身刑の方がきついという言い方をしている。判決をどう受け止めるかは、本人しかわからない部分があるわけで、弁護士さんにもわからないだろう。控訴したのは事実が違うか量刑が不服かしかないわけで、だからどこが不服なのか、何が違うのか控訴審できっちり言ってほしいという気持ちはある。

◆死刑を意識したこと・家族の絆は

安田 控訴審を担当する人たちに期待したいけれど、漏れ伝わるところによると、控訴審も一審と同じように早く物事を終わらせてしまって、あの事件を終わりにしてしまいたいと裁判所は露骨に言っているようだ。
 今でも奥さんは病床に伏していらっしゃって大変な状態で、そういう中でお父さんが完全に疑われて、監視の中におかれ、ご長男も共犯という形で疑われていく。しかも、1週間、2週間ではなく、1年近く続く。そういう中で家族の絆はどういう形で維持あるいはつくっていかれたのか?


河野 当時私の子どもは中3・高1・高2で、とても多感な時期であるし、場合によってはいじめの対象になるだろうと思った。子どもたちを集めて、ありのままを話した。「お父さんは場合によったら近々逮捕される可能性が強い。君たちは一人ひとり自分で生きていかなきゃしょうがない。お父さんに会うこともなかなか難しいと思う。だから、全部任せる、家にあるお金も、あるいは家・土地を売るなら売れ」というところまで話した。

そのことによって子どもが大人の自覚を持ったということだと思う。子どもが大人に変わるのは一瞬で、子どもは子どもでいられなくなると思った瞬間。家の財産を場合によっては自分の意志で全部売らなきゃならない、こういう事態だから自分たちでまずやっていかなければならないという大前提がある。正直に話したことが子どもにとっては良かったと思う。
お父さんには死刑もあり得る、だからどうやって前へ出ようかという一つの手法を子どもたちといつも話し合って、それで方向性を決めた。それから卑屈になるなということ、意地悪されたら許してやる、意地悪する人たちよりは少し高いところに心を置いておこうと常に話してきた。そういうことで保ったんだろうと思う。

安田 ここに集まっている方々は、死刑をなくしていこうと思っている方がほとんどと思うが、一言、河野さんからお話しいただければ。

河野 私はずっと死刑に反対の立場をとってきた。人が人を殺すことがいいことであるわけではない。それから裁判にはミススジャッジがある、ミスジャッジで何もしていない人を殺してしまったときに、元へ戻しようがない。それから、死刑が犯罪の抑止になる、極刑があるから犯罪の抑止になるいう言い方をしてるが、私はそんなことまったくないと思う。犯罪をするときに自分の量刑を考える人はいないと思う。ここまでやったら無期だから、殺すのは止めようとか。

犯罪というのは突発的に起こって、感情的に動いて、気がついたら殺してしまっていた、そういうものであって、常に量刑を考慮しながら犯罪をおかすなんてあり得ない。そういう意味で死刑が犯罪の抑止になるということは違うと思う。死刑制度がいまある中で、犯罪が抑止されているか? いま、刑法犯は年間285万件で、少しも抑止になっていない。犯罪の抑止というのは私はまがい物だと思う。

【この後、カルト集団に入った息子を取り戻そうと、1989年に坂本堤さんと一緒に被害者の会を発足させ、現在も活動を続けているNさんに発言していただいた。新聞の催し物欄を見て初めて集会に参加されたとのこと。「教団は存続しているので、救出しなければならない家族はまだ多い。

しかし、いつか家族の会を幕引きするためには、実行犯とされている人たちの死刑をなんとか食い止めないと不完全燃焼だ。サリン事件の被害者の方との交流もあり、自分たちも出発時点では被害者だったが、その間でどのようにしたらいいのか、もがいてきた。私たちが本当に知りたいという部分は何一つ明らかになっていない。いいかげんな報道で、全然関係ない人が犯人だと報道されたり、結果的にオウム真理教の犯罪の中で、真実がまったく明らかにされていないということが私もよくわかった」と話された。Nさんの夫はVXガスを浴びせられ重傷を負った被害者だが、事件当時、警察やマスコミからは自殺未遂と疑われたという。】

安田 初めの時期に、息子さんを帰せと立ち上がられた。お母さんお父さんのあの力がなかったら、息子さんはそのまま、今裁かれている人の側に行ったかもしれない。複雑な話ではなく、事件とはそもそもそういうものだろう。現在息子さんはオウムから出てきた人たちのケアを一生懸命している。

この事件全体は、私たちの言葉で言えば、おかしいことがまかり通る何でもありな事件だ。何でもありの一つが、河野さんに失礼だが、河野さんのあの事件だったし、長官狙撃事件であり、坂本堤さんの事件で、結局最後まで犯人がわからないというような形で物事が済まされてきた。それが事件を覆う全体を支配しているという気がしてならない。そして死刑というもので全部を片づけてしまおうとしている。これは私の一方的な話だが。


河野 私は裁判で事件の真相が全部分かるなんてとんでもない話だと思っている。裁判は起訴事実に対し争うことだから、起訴事実から離れたものは出てこない。本当に真相が分かるのは、起訴された人が刑が確定し、刑が終わって、何の社会的訴追も起きない、そういう状況の時に初めて実はこうだったんだ、というものが出てくると思う。自分の発言によって刑がより重くなる段階でしゃべれというのは無理だと思う。

松本サリン事件とオウム関連事件(フォーラム連続シンポジウム)より
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